第四節 SCENE-015


 伊月が言う〝ちょっと〟の加減がわからず、キリエが首を傾げていると。見るからに楽しげな笑みを浮かべた伊月が、キリエの肩越しに、荒れた庭から家屋の方へと視線を投げる。


「桐生――」


 ゆるりと頭を撫で、髪を梳いてくる手に気を取られたキリエは、伊月がしたいようにすればいいと、腕の中の温もりに頬を寄せ、幸せな心地に浸りながら目を細めた。


「どうする? まだやるっていうなら、あなたの土俵で、同じ魅縛士として、あなたのプライドごとご立派なキャリアからこの先のライフプランまで完膚なきまでに叩きのめしてあげるけど」

「……その竜が、お前が魅縛士として使役する人外だと?」

「私を傷物にした相手に、ずっと会いたがってたでしょ? よかったわね、望みが叶って」


 自分に向けられたものではない伊月の言葉に、キリエはぎくりと体を震わせて。たまらず、ほんの少しの間、目を離していた伊月の顔色を恐る恐る窺った。




 キリエにとっては取るに足りない人外に庇われている男――桐生に向かって、伊月は獲物をなぶる猫のよう、楽しげな表情を浮かべている。

 体の周囲を巡る余剰魔力にも、キリエに対する含みはなく。――伊月ほどの魔術師であれば、魔力に滲む感情を制御することなど、できて当然の嗜みだが。キリエは伊月以上に魔力の扱いに長けているうえ、伊月との間には切っても切れない〝繋がり〟もある。


 それでなくとも、これほど近くにいれば、伊月が隠そうとしている本心さえ覗き見ることができるはずだと、キリエは己の能力を正しく評価している。


 だから――今この時、伊月がキリエに対してネガティブな感情を抱いていないことを確認したキリエは、内心で胸を撫で下ろした。




 伊月が怒るのは当然で、伊月にはその権利があると、キリエも納得しているが。それはそれとして、伊月に許されたい気持ちがないと言えば嘘になる。


 キリエのことを許さないでいて欲しい気持ちもあるが。なんの不安もなく、キリエに対してすっかり気を許した様子で預けられる体のやわい温もりと、混ざり合った余剰魔力が孕む甘やかな感情を味わった後では、以前のように素っ気ない態度を取られたとき、受けるショックの度合いが違うことを、キリエは正しく認識していた。



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