魔術師の遊戯

猫丸

Book 1. 鷺田智洋はスマホを拾う。

 スマホを拾った。

 自分の部屋で。

 いや――正確に言うと、奇妙なスマートフォンがアパートのドアポストに投げ入れられていたのだ。

 大手通販サイトの簡易パッケージに包まれてはいたが、ガムテープで雑な封がしてあるばかりで、梱包材自体は使い回しであるらしい。宛名シールも剥がされており、歪んだ口元を象った企業ロゴが、どこか不気味な笑みをたたえている。不審に思いながらもパッケージを開けると、そこには〝林檎リンゴ印の端末〟ではなく、〝ロボットOS搭載機〟でもない、正体不明のスマホが入っていた。

 何だこれ。

 俺の身に覚えはなかった。

 自分で買ったものではないし、懸賞に応募した記憶もない。誰かの悪戯――にしてはどこか間が抜けている気もする。

 とにかく俺は正体不明のスマホを入手したのだった。

 これはまあ、拾ったのだと――そう、いえなくもあるまい。


     *


 俺は乱雑に物が置かれた玄関から、狭く殺伐としたキッチンを通り抜けて、生活感溢れる混沌とした六畳間へと帰還した。パッケージはじってゴミ箱に捨ててから炬燵こたつに入った。夜は冷えこむ季節だ。

 壁の時計を見るとすでに深夜に近い。安酒をかっ喰らって炬燵でうたた寝をしていた俺は、ガコンという大きな物音に目を覚ました。寝ぼけ眼で玄関まで行って、そこでを見つけたのだった。

 改めて手にした謎のスマホをまじまじと眺める。

 外装は象牙色アリボリーの金属製。男の俺の手にすっぽり収まるサイズで、見た目は一般的なスマホとよく似ている。ただ、最新機種には珍しく、画面下部にホームボタンらしき円形のスイッチが装備されていた。ボタンには奇妙に歪んだ星形のマークが描かれている。

 何なんだ、これ。

 持ち上げても傾けても画面は暗いままで、電源は入っていないようだった。背面には洒落たフォントで〝MAGUS〟と刻印されている。

 マグス――いや、メイガス?

 機種名なのか、それともメーカー名か。

 とりあえず、俺はホームボタンを長押ししてみた。

 ピロリン♪と、予想外に軽薄な起動音が鳴って電源が入った。画面に一瞬だけ、


 〝Do what thou wilt shall be the whole of the Law〟


 と、メッセージが浮かんで消える。ゾウとかウィルトとか知らない英単語が並び、ちょっと意味がわからない。

 ホント何なんだよ、いったい。

 誰かに知的レベルを試されているような気がして、どうにも気分が悪かった。

 次に初期設定らしき画面が表示されて、使用言語とユーザーネームの入力を求められた。素直に日本語を選び、オンスクリーンキーボードで鷺田智洋さぎたともひろと漢字に変換する。エンターキーを押した後で「本名を入れたのはまずかったか」と、軽く後悔するが時すでに遅し。アクティベーションは進んでしまう。

 画面に顔を写せとか、表示された文字列を声に出して読めとか、一連の指示をこなした後、最後にホームボタンに親指を乗せろと命じられた。顔とか声とか指紋とか、ずいぶん厳重なセキュリティだなといぶかしく思うが、逆らっても仕方がない。

 俺は諾々だくだくと指示に従う――すると、パチっと音がして指先に衝撃が走った。


「痛ッたァ!」


 どうやら電流を流されたようだ。幸い卓上での作業だったので取り落とすことはなかったが、どうにも乱暴な仕様じゃないか。

 画面にはSTR、DEX、INTと謎の項目が表示されてパラメータが自動入力されていった。そして再びブラックアウトする。


「ストレングスにデクスタリティだって?」


 まるでビデオゲームみたいだなと思っていると、シンプルな壁紙の上にいくつかのネイティブ・アプリのアイコンが並ぶ画面が表示された。ようやく初期設定が完了したようだ。

 すると突然、スマホが語り始めた。


「メイガスゲームへ、ようこそ! 私は本ゲームの管理人キーパーを務めます、メフィストフェレスと申します。どうぞ親しみをこめて、メフィストとお呼びください」

「はいいッ?」


 スマホはすこぶる上機嫌に、饒舌じょうぜつに語った。なんだか声音が映画俳優のトム・クルーズに似ている気がする――あ、いや違う。これはだ。


「音声は〈設定〉アプリを使って変更することも可能です。女性ボイスをお望みですか?」

「いや、そのままでいいけど……ちなみに女性だとどうなるの?」

「こうなります。いかがでしょう」


 うん、そうか今度は――女優のニコール・キッドマンのにそっくりな気がした。元夫婦でコンビなのか。まぁ、どうでもいいや。


「もとにもどして」

「かしこまりました、トモヒロ様。トモヒロ様とお呼びしても?」

「かまわないけど、あんたはアレかな。つまりシリ的なパーソナルあしす……」

「あんな不完全で、気の利かない、人工知能エー・アイとは名ばかりの存在と一緒にされては困りますな!」


 メフィストは俺の質問にかぶせるようにまくし立てた。どうやらかなりプライドの高いAIらしい。そうか、既に本物のAIは完成したいたんだ――じゃなくて!


「状況がイマイチ飲みこめないんだけど、このスマホって何? なんとかゲームって? ってか何で俺が参加させられてんの」

「お答えしたします。本機は〝メイガスフォン〟と呼称いたします。メイガスゲームに参加するための必須装備であり、あなたを魔術師メイガスとするための魔道書グリモアにして魔杖ワンド。メイガスゲームとは魔術師同士の力比べ、すなわち遊戯でございます。その勝利には栄誉が、敗北には死が与えられるでしょう」

「いや、何いってんのか全然意味がわかんないんだけど……ってか、サラっと怖いこといったよね最後」


 〝敗北は死〟だって? 冗談じゃない、これはいわゆるアレだ。デスゲームとかいうやつだろう。『CUBE』とか『イカゲーム』とか。そんなものにエントリーした覚えはないし、強制参加させられるいわれもない。死ぬのは怖いし、痛いのも嫌だ。


「トモヒロ様が選ばれたのは、あなたの強い意思、いわば〝渇望〟が当機によって検知されたからでございます。メイガスフォン、すなわち現代の魔道書には主を求める意思のようなものが宿っておりまして……まぁ、百聞は一見に如かず。とりあえず、やってみましょう」

「とりあえずやってみよう、じゃねえよ!」

「腕を前方に突き出して、画面を天に向け、開錠の命令語コマンドワードを発声してください。初期登録デフォルトは〝開けゴマオープン・セサミ〟でございます」


 何それッさ、と思わなくもなかったが、反論するのも面倒なので渋々と指示に従ってしまう。状況に流されやすいのが俺の悪い癖なのだ。


「オープン・セサミ……」

「続きまして、魔道書を選択して下さい。本機にプリインスト―ルされた本の名称は〝エイボンの書ブック・オブ・エイボン〟でございます」

「……ブック・オブ・エイボン」


 俺がそう唱えると、手にしたスマホが激しく光りだして、空中に蛍光色で半透明の大型本が浮かび上がった。俺の足元には魔法陣が展開し、ド派手な効果音まで鳴り響いて、これもし拡張現実エー・アールゲームならば演出は迫力満点だ。

 いや、ホントまじ、何なんだこれは――いったい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年11月30日 17:05
2024年12月1日 17:05
2024年12月1日 20:05

魔術師の遊戯 猫丸 @nekowillow

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画