アップルペイン

羊蔵

一章 I have アップル

第1話 1-1_かるら座「天地逆転」


天地開け始めてより陰陽に分かれ、

清く明らかなるもの陽にして上にあり、これを勝ちと名づく。

重く濁れるもの陰にして下にあり、これを負けと名づく。

勝ち負けの道理は天地自然の理にして、これをなすは人なり。


 初めに少女はそのように謳われた。

 これは林檎B。

 次に林檎Bは、砂利ナットを詰めた靴下を持って、荒くれたちをボゴボゴにされた。特に目を狙われた。

 また、こうもわれた。

「天地、逆転」

 すると、そのようになった。

 〈かるら座〉の地面が揺れ、ステンドグラスが散った。

 劇場の客はみな果実。


 割れたマスカット。

 間引かれたメロン。

 酔っ払いの洋梨。

 うらなりの檸檬。

 廃棄された琵琶の実。

 死んでいるザクロ。

 埋められた白桃。

 奇形の無花果。

 裏切り者のライチ。

 僻み屋の苺。

 鈍感な蜜柑。

 睡るアケビ


 色とりどりの硝子ガラスが冷たい星のごとく降りそそぐと、劇場に彼らの香りが満ちた。


 またもう一種、ことさら香るものがあった。あらくれ男たちと少女の頭上に輝く光輪がそれである。

 これは摩訶まか曼珠沙華まんじゅしゃげ。マゲである。


 林檎Bの頭上にマゲは円を描いて眩く輝いていた。ギンギンであった。

 また林檎Bは、きずを持つ者である。

 素肌には今の切り創、白い古創、赤い生創、紫雲の如き痣が散りばめられ星界のようであった。

 眉の上から生え際までいたる、オリオン座に似た古創が、事に目立った。

 またキュートにアレンジされたヘビーメタルスーツでその体を覆ってもいた。

 首には赤いマフラーが巻かれ、これは林檎Bの動きに従って帚星の如く長い尾を引くのだった。

「ぶっころす」

 ぶっころす。

 林檎Bは怒りいわれた。

 同じく光輪を頂く荒くれ男たちの口から出る言葉が、アフィ名声ファボ。エロティックコンテンツ。レクサスIS250。などの欲望に終始していたからである。摩訶まか曼珠沙華まんじゅしゃげが欲望の光輪と呼ばれる、これが理由であった。


 林檎Bはヴィトンのケースからヌンチャクを――得意のヌンチャクを取り出された。そして抜く手も見せずして男の光輪を打たれた。

 男の光輪は刈られ、散って、光となって林檎Bのもつ匣へと吸いこまれていった。

 林檎Bの光輪マゲの中軸には、小さな匣が浮かんでいるのである。

 欲望の光輪は匣への捧げものであった。

 この匣にマゲを捧げ尽くした者には、どのような願いも叶うといわれていた。


 仲間の散華を見ると、荒くれ男たちは「なんで!?」などといい慌てふためいた。しかるのち、身震いを始めると、彼らは欲望のままに姿を、人狼、人猿、人レクサスへと変化させた。

 この時、さらに地鳴りが大きくなった。劇場が崩れ去り、しかるのち時を逆廻したかのように組み変わっていった。これも匣の御業である。

 現れたのは巨大な塔であった。


 林檎Bは人獣たちを討ち果たしつつ、頂へ至る螺旋階段を獅子の如く駆け上った。砕けたレンガがその四肢を打ち血を流させた。

 雲を抜け、


 序の月天。

 二段目水星天。

 三段金星天。

 幕下太陽天。

 十両火星天。

 前頭木星天。

 小結土星天。

 関脇恒星天。

 大関原動天。


 更には至高の天蓋へと到達された。

 このとき、きずだらけの林檎Bは崩れかけた足場を兎のように跳び越そうとされた。ここで足をグネられた。

 そこで林檎Bはこういわれた。

ファック

 ファック。

 実にそらが近く、絶えることなく星が降りそそいでいた。

 等の果ては広く丸い屋上であった。

 これを見て林檎Bは、

「土俵である」

 といわれた。ゆえにこれは土俵であった。


 そして、林檎Bは天上の土俵にて、最後の人獣と見合った。

 欲望の光輪マゲをネオンサインの様に輝かせ、欲望の力に満ち満ちたその巨大は石像を思わる威容であった。

 これに相対して、林檎Bは 腕組み足ピンの仁王立ちにて挑まれた。


 この時、林檎Bは十字を切るかの如き所作ルーティンを行われた。

 痛む足に活を入れ、その拳で左右の肩の様子を確かめ、最後に心臓の位置をどんと叩かれた。

 そして己と敵へ向けこう問われた。

「発気善いか?」

 発気善し。

 マフラーもビンビンであった。

 光輪が眩く輝き、これが開始の合図となった。

番付めようや。一等強い願いの頂きを」

 星界の果てにて、少女はそのように闘いを続けた。

 これは林檎Bの物語。


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