天罰


「人はこんな風に老いるのね」と彼女は言った。


 彼女は──本人の話では──運を操ることができた。自分自身に幸運をもたらすだけでなく、視線を合わせた相手に対して、財布をなくすとか、交通事故を間一髪でかわすとか、悪い出来事や良い出来事をもたらすことができた。私は話半分に聞いていたが、確かに彼女にプレゼントをした日は仕事が上手くいったり卵が双子だったりと思いがけない良いことがあり、逆に喧嘩をした日は靴下に穴が開いたり家具に足をぶつけたりという小さな悪事が起きた。


「子どもの頃はもっと色々できたんだけど」


 例えばペットの猫にできた腫瘍を良性に変えたり、嫌いな体育の授業の時間に大雨を降らせたり、恩師に宝くじの一等を当てさせたり、嫌な隣人の家に雷を落としたり……という具合だった。


「大人になるとだんだん、自分に疑問が湧いてくるの。これは本当に私のせい? それともたまたま? そうなると、あっという間に衰えるわ」


 彼女は花を育てるのが得意だった。花たちは種子のパッケージに書かれた説明に関係なく、彼女に言われた通りに白や紫や群青色の花を咲かせた。空色のバラを見て、私は少しだけ彼女の超能力を信じた。




「もう駄目だわ」ある日、彼女はそう言った。

「もう、やり方が分からなくなった」


 窓際に置かれた花たちはすっかり萎れていた。

 曰く、彼女は完全に運を見失ってしまったらしい。

 今までは、彼女が遅刻していると電車も遅延し、傘を忘れたら雨はちょうど良いタイミングで止み、シュークリームを食べたくなったら誰かから差し入れがあった。

 それが今や、彼女が何を感じようと何も起こらなくなった。


「偶然の中でどうやって生きていけばいい?」


 偶然。思ってもないことが起こる。ただそれだけのことが、彼女を困らせていた。普通は人生なんて予想のつかないことだらけだが、経験のない彼女にとって、現実に対処することがひどく難しくなった。


 しばらくして、彼女は鉢植えのバラに水やりをしながら言った。


「人はこんな風に老いるのね」

「どういうこと?」私は尋ねた。

「世界は自分とはまったく無関係に進んでいくということよ。動く世界の中で、私たちはみんな立っている場所を見失う」

「”その場にいるだけでも、いっしょうけんめい走らなくてはならないんだよ”」

「その通り。どこかに行くためには、もっと早く走らないと。でも、どこにいても同じことよ。つまり、そこがどこなのか分からないの。それにいちいち狼狽しているようでは駄目。過ぎ去る風景の中にある美しいものを見逃さないようにしないと」


 彼女はバラの花びらから雫が滴るのを眺めていた。バラは品種の書かれたタグにある通りのピンク色をしている。

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