カタカタガタガタ地殻の近く

サカムケJB

本編(注意:地震の描写があります)

あいどうも。隆司は市内の小さな和菓子屋で働く中年の男だ。

それ以上でも以下でもない。

いやもしかしたら何かあるのかもしれないけど、現段階では思いつかない。

まあ必要とあればこの男の身の上話はちょろちょろ出てくる。

抜けた髪の毛の量は、隆司の過去の苦しみに比例するってことだ。


どれくらい抜けてるのかって?

息子がいるとしたら、その息子が自身の将来を案じる程度だ。


それはさておき隆司君。仕事終わりに会社からもみじ饅頭を持って帰ってきた。

盗んだんじゃない。もらったんだ。

この会社というか和菓子屋は、前隆司がいたIT企業と比べて給料はかなり下がるけど、そんなことどうでもよくなるほど温かみに溢れた会社だった。

本当の幸せとは何なのか。それについてよく考えることができるよ。ここにいると。


定時に退社し、オレンジに燃え上がる帰路を辿る。

激務に追われ、変えたのは職だけだったはずだが、この和菓子屋に努めてからは隆司の住む世界そのすべてに暖色が取り戻されていた。・・・ピンクはないけど。


そんな平和の象徴のような道筋に、影が一つ。

隆司は最初どっかの家から布団でも飛んできて落ちているのかと思ったがそれは違った。布団にしては薄汚れているし、やせ細っている。

ほな布団とちゃうか。

かつてのIT業務で落ちた視力を補うためにその異物との距離を詰めていくと、人間だった。現在進行形の人間。ただ人生の終わりのほうな雰囲気を醸し出している。男性の老人だ。


「あ、あのう、大丈夫すか?」

隆司は前かがみになり、横たわる老人に声をかける。

声に反応し、老人は力なく隆司を見上げる。

夕日が隆司を照らし、頭頂部がやけに神々しく輝いている。

天からお迎えが来たと勘違いされかねない。


「なにか、食べるものを・・・」

かっすかすの声でそうつぶやいたご老人。

隆司のカバンの中にあるもみじ饅頭が自らの役割を自覚し、隆司の潜在意識に働きかける。隆司の頭に、ちょうど今日もって帰ってきたもみじ饅頭のことがよぎった。

「これ良ければどぅぞ」

震える手で差し出されたもみじ饅頭は、その先の震える手に渡った。

この便の行先はどこか。いうまでもなくご老人の口だ。

もっ!と生えた口髭のせいで口が開いたのか確認できなかったが、もみじ饅頭というアイデンティティを失ったその食物の姿を見れば、饅頭が役割を全うしたことは明らかだ。

こんな倒れるほど瀕死の老人が、もみじ饅頭一個でどうにかなるのか?と疑いの目を向けながら隆司は佇んでいた。


「うん、ありがとう」

その一言で隆司のシンキングタイムは幕を閉じた。どうやら元気になったようだ。

ご老人に必要だったのは食べ物ではなく「救い」そのものだったのかもしれない。

立ち上がった老人は猫背のままスッと隆司に目を向ける。

「わか・・・いの。」

若いの、と呼ぶには怪しいフェーズだからしょうがない。

「君のおかげで助かった。これをやろう。」

そう言って老人が差し出したものは、薄型のノートPCだった。

「え?」

いいんですか!?という意味での え? ではない。

さっきまで死にかけてたジジィから出てくるにしてはいささかハイテクなものが出てきたので、つい驚いてしまったのだ。

普通こういうときって鈴とかお守りじゃないの??

なーんて戸惑っているうちのPCは隆司の手に渡り、いつの間にか老人も姿を消していた。


いや怖いわ。

自室の机に置かれたノートPCの前に鎮座しながら隆司はそんなことを考えていた。

このPCがなんなのかという好奇心は確かにある。だがそれ以上に開いたら呪われるだとか、GPSが作動してどうたらこうたらだとか、そういう面での恐怖心のほうが圧倒的に勝っていた。それが歳のせいなのか、はたまたこの異質な状況のせいなのかは定かではないが。

結局その日は何もしなかった。家に連れ込んでおいて何もしなかった。二つ折りに閉ざされたその2Wayを開き、秘密の花園をのぞき込むに至らなかった。


だがどうしても気がかりだ!家に置いてきた異形が脳内を支配する!仕事が手につかん!手に職はあれど意識ここにあらず。自宅に異物があるがゆえにこの現場になんの集中力もない。「隆司ちゃん大丈夫?」とパートのおばちゃんに心配されても、ひきつった笑顔でそれを打ち返すのみだ。


パカ。

もはやここだ。ここに行きつくまでの意識はない。このPCを開くことに全身全霊をかけていた。その思いがいま形となる。

PCには薄い冊子のようなものが挟まっていた。そこにはPCのロック解除に必要なパスワードが記載されており、そこから先のページはすべてこのPCの使い方を記していた。


読んでみた感じだと、ここに記載されているコードを使ってプログラムを組み立てれば、何かが動くらしい。なにかはわからないが、とにかく何かが動く。それだけは確かだ。

やってみる価値ありますぜ。そう脳内に言葉を刻み、隆司は作業に入った。

さすがはもとIT企業の社員。いとも簡単にプログラムの組み立ては完了した。

あとは実行するのみ。もうここまで来たら止まるようなことはない。やる気ってもんはやり始めさえすれば自然と湧き出るものだ。

えい、と勢いよくそのプログラムは実行された。


・・・何も起きない?

あきれた。労力の無駄遣いとはまさにこのことか。老に労を削られた。体力は激ローだ。呆れと疲れでソファにどさりと倒れこみ、力なくつかんだそのリモコンでテレビをつけた。映し出されたの国内のある地域(配慮のため明言は避けます)。

なにやら地元テレビ局のキャスターがわめき散らかしている。

「地震です!」

いつものことだな。

「しかし、揺れがとても長いです!まだ続いています!」

いつものことじゃないな。

キャスターが言うには揺れはもう少しで一分近くに及ぶらしい。

もしやと思った隆司は、先ほど実行したプログラムにストップのコードを書き入れる。

「揺れが止みました・・・皆さん避難を・・・」

もう一度プログラムを実行してみる。

「あぁ!またです!長い揺れが!」

決まった。とんでもないことだ。こいつが動かしていたは、日本の大地だ。地殻変動を起こし地震を発生させるんだ。

テレビではキャスターが現地の人たちに避難を呼びかけているが、その声は隆司にはもう届いていない。彼は能力者になったようなものだ。グラグラの実の能力者。

隆司にとっての新世界ニューゲートは開かれたのだ。


隆司には夢があった。

自分をここまで追い込んだこの世界の破滅だ。

ただのサラリーマンが抱くにはあまりにも狂暴かつ巨大のその夢を実現する時が訪れたのだった。


そこからの日本の惨劇は言うまでもない。各地でかつてないほどの地震が頻発し、もはや社会のシステムは機能しなくなった。日本の四季が消され、死期が訪れたのだ。

各地で起こった火事・噴火が原因で空は以前よりも暗くなった。

だがそこから溢れ出るかつての光はやけに暖かく、くすんだ世界を照らしていた。

オレンジ色の太陽。暖色。温かみ。あったはずだ、隆司の周りにも。

しかし、過去の黒は一瞬にして今の隆司を染め上げ、他色の介入を許さないほどの力を放ったのだ。一国を、自らを、温かみをすべて崩壊させてしまうまで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カタカタガタガタ地殻の近く サカムケJB @sakamukejb

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ