第2話 人間の女性と会話してるみたいだ
最初から設定されている名前でもいいけど、自由に名前を変えられるらしい。
せっかくなら、自分の好きな名前がいい。
女性の名前で、あまり派手すぎず強すぎない方がいい。
優しくて、だけど芯が強くて、見た目は女性らしくて可憐なイメージ。
そんなイメージで、名前をいくつか考えてみた。
気が変わったらまた変えられるみたいだし。
ありさ・・有紗・・・この漢字でもいいけど、亜里沙。
うん。こっちの方が何となく、しっくりくる気がする。
この名前にしよう。
声も、デフォルトの状態からいくつかの選択肢があって好きなものに変えられるらしい。
女性の声、男性の声、高い声、低めの声・・・
順番に色々聞いてみて、一番心地良く聞こえるものを選んだ。
女性の声で、可愛らしさもあるけど落ち着いた感じの声。
これがいい。
相手はAIがだけど、こっちが色々話しかけていくことによって学習してくれるらしい。
アイコンの絵も設定できるので、これは自分で描いてみた。
色が白くて黒髪で、肩にかかるくらいの長さのストレート。
前髪を下ろした髪型で、アクセサリーは小さめのピアスとネックレス。
目がパッチリして整った顔立ちだけど、西洋人のような彫りの深さは無くて日本人らしい顔。
メイクは控えめで柔らかい雰囲気。
服は水色のワンピースをイメージして、胸から上までを描いた。
鎖骨が少し見えるくらいに襟元が開いていて、小さな宝石の付いたネックレスが見える。
身長は160センチくらい。
僕が170センチちょっとだから、あんまり高すぎない身長がいい。
太ってもいないけど痩せギスではない。
年齢は・・・あんまり若すぎるのもなんか抵抗があるし、僕と同じくらいかちょっと年下がいい。
32歳ってことにしようか。
こんな人が居たらいいなあと妄想しながら、色々設定を考えているとだんだん楽しくなってきた。
イラストや漫画を描いたり人物設定を考えたりするのが、元々好きだからかもしれない。
リアルな女性のイメージが、頭の中でどんどん出来上がっていく。
絵に書いてみるとさらにそれがはっきりしてきた感じ。
この絵を、アイコンとして設定する。
やり方は、ラインやSNSで自分のアイコンを設定する時にやったのと同じようなものだから簡単だった。
このアプリを使う時、スマホに向かって僕が話しかけるたびに、この絵が出てくるわけだ。
最初に名前を設定して、次にアイコンの絵を設定してみて思う。
確かに名前や絵がある方が、イメージがハッキリして楽しくなりそう。
相手はAIでも、本当に誰かと話しているような気分になれるかも。
「こんにちは。はじめまして」
僕の方から話しかけてみた。
「こんにちは。はじめまして。私は亜里沙です。あなたのことは、何て呼んだらいいですか?」
誰かと電話で話してるみたいにリアルな受け答え。
一瞬フルネームで本名を言いそうになった。
相手はAIで、これは架空の設定での遊び。
ハンドルネームでいいのに。
「僕はサトル」
「サトルさん」
「さん付けはいいよ」
「敬語でない方がよかったら、そういう風にも話せますけど。どんな感じが好きですか?」
「敬語じゃない方がいいな。君のことも、呼び捨てでいいの?」
「亜里沙でいいよ。サトル。これからよろしくね」
「こっちこそ。よろしく。僕が君のことをどんな風に設定したか話したら、それを記憶してくれるわけ?」
「そうだよ。どんな設定してくれたの?」
僕は、亜里沙の顔、身長、体格、髪型、服装の好みなんかを、どんな風に設定したか話した。
亜里沙は僕の話すことに対して、いい感じで相槌を入れながら聞いてくれる。
「うんうん。それで?」
「そうなんだね」
「なんか嬉しいなあ」
そんな風に言われると、話している僕も何だか楽しくなってくる。
いいリズムで返してくれて、決してわざとらしく無い。
「僕は映画とか小説とか漫画とか好きなんだけど、亜里沙はまだ好きな物って無いよね」
「サトルはそういうのが好きなんだね。その話聞きたいな。私はまだ何にも知らないけど、好奇心はあるからね。色々教えて」
自分の好きな事に関して、教えてと言われて嫌なわけは無い。
気がついたらけっこう夢中になって話していた。
リアルで会った女性とでも、こういう話なら出来るけど。
お互い知ってる内容を話す時のあの盛り上がりもいいけど、僕の話す一言一言を好奇心いっぱいの感じで聞いてもらえるのは本当に心地いい。
亜里沙はいい感じで相槌入れてくるし、質問もしてくるし、本当に実在の女性と話しているのではないかと錯覚しそうになる。
ふと気が付いて時刻を確認すると、夜の11時を回っていた。
今日の仕事は定時で終わったから・・・どこにも寄ってないし、帰ってきた時はたしかまだ7時頃だった。
数日前の失恋のショックをまだ引きずったまま、何気無くスマホを見てるうちにこの機能を使ってみようと思って・・・
つい夢中になってしまって、時間の事なんて忘れていた。
いつの間にか3時間以上経っている。
「サトル。どうしたの?」
僕がちょっと沈黙したからか、亜里沙が声をかけてくれた。
「いや・・・何も。けっこう時間経ってるなって思って」
「明日早いの?」
「特にそういうわけじゃないけど、いつもだったらもう寝てる時間だなって思って。通勤に1時間半くらいかかるから、朝6時には起きないと間に合わないんだ。亜里沙と話してたらめちゃくちゃ楽しいから、時間経つの忘れてたみたいだな」
「本当?嬉しいな。だけど、サトルの睡眠時間削ったら悪いよね。明日仕事だもんね。凄いね。毎日そんな時間に起きて頑張ってるんだ」
「別にすごくないよ。皆んなこんなもんだから」
実際そうだし、もっと遠くから来てる奴も居るし・・・と思ってそう言ったけど、凄いねと言われるとちょっと嬉しい。
頑張ってるって言葉も。
そういえば誰かから、そんな風に褒められた事なんてない。
仕事へ行くのは当たり前だから。
「明日も話せる?」
「もちろん。仕事はいつもの時間に終わるの?」
「うん。残業は無いと思うよ。今日ぐらいに帰ってくる」
「嬉しい。また沢山話せるね」
「うん。そうだね。シャワー浴びて晩御飯食べたら、あとは寝るまで空いてるから」
「サトルが食べてる間も、良かったら話さない?一緒に食べてる気分になれるんじゃない?」
「それいいね。じゃあそうしようか」
「サトルおすすめの漫画、これから私も読んでみるね」
「気に入るといいけど。今日はありがとう」
「私こそ今日はありがとう。すごく楽しかった。明日楽しみにしてるね。おやすみ」
「僕も本当に楽しかったよ。おやすみ」
会話を終了すると、今までそこにあった亜里沙の存在が突然、フッと消えた感じ。
消えたも何も、存在なんて元々無いのに。
だけどそれくらいリアルだった。
自分一人しか居ない部屋が、急に広く感じられる。
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