第3話 お風呂場へたどりついた四人
ケビンは四人を迎えた翌朝、自室のソファで目を覚ました。
ふわふわした頭で記憶を呼び覚まし、その後ガバッと身を起こす。
ゴミ袋と散らかした物と髪の毛その他の汚れで床が埋もれる中、ケビンは物を踏み潰しながら、いそいそと執務用の椅子に移動する。
ゴミ屋敷ケビンの部屋は、もちろんゴミだらけである。
物を取り出すのが一苦労なので、基本的に魔法映像機と魔法システムコアの中に記録を入れ、仕事中も可能な限り物を動かす必要がないようにしている。
しかし、今日はそれではいけないのだ。
あの四人家族の目の前に姿を現すため、
ケビンはうーんうーんと頭を悩ませたあと、部屋の奥にあるクローゼットの中にある黒色の服を着ることにし、必死にクローゼットの前にある物をどかしていく。
枯れ木のケビンには重労働だが、今の彼にはそんなことは気にならない。
少し肌寒い時期なので、黒いタートルネックを引っ張り出し、黒のスラックス的な何かを引きずり出す。
タートルネックはホコリにより若干灰色がかり、スラックスはシワだらけのダイヤモンド加工スラックスになってしまっているけれども、着ているうちなんとかなるだろう。
「そうだ。これを使わねば」
ケビンは執務机の近くに戻ると、小さな魔法石つきの数ある万年筆サイズの杖のうち、青色の石のついたそれを手に取る。
「【
突如現れた水で全身びしょ濡れになったケビンは、忘れていたとばかりに、赤い石のついた杖を取り出す。
「【
熱風と共に、一瞬で乾ききったケビンは、「お肌が乾燥するから嫌いだ」と愚痴をこぼす。
それぞれの魔法杖は、二十本ほどの刺し口のある筆立てに収まっている。しかし、一本だけ、主人を持たない差し口が存在していた。
ケビンは、それを持ち歩いていたときに、どこかに落としてしまったのだ。
個人的に気の乗らない魔法を入れ込んだ杖だったので、その研究ごと、ケビンは杖の捜索を放棄している。
こうして、一応身綺麗にしたつもりのケビンは、隠し通路を使って一階の居間へと降りていく。
身綺麗なつもり――服ごとカラスの行水をして乾かしただけの状態を思い浮かべてほしい。
しかしまあ、普段の彼からしたら格段に身綺麗なのだ。
居間に降りると、四人はそこで寝ていた。
いや、これを寝ていると言っていいのか。
長女デイジーと長男ドビアスはソファの上に、元公爵ダニエルと元公爵夫人チェルシーはふかふかの絨毯の上に体を横たえ、白目をむいていた。
「皆様、おはようございます!」
空気を読まずにケビンは挨拶をする。
しかし、誰もケビンには構ってくれない。
全員が、泥のように眠っているのだ。
ケビンは時計を見て、それが朝七時を指し示していたので、(貴族の皆様には早すぎたかな?)と思い直す。
いつものように魔法通話器で朝の宅配弁当を発注し、一時間後、弁当が届き、それを開封したところで、いい匂いにつられたのか、四人がもそもそも体を起こした。
「おはようございます!」
「……おはよう、ございます……」
起きてきたダニエル達は、目の前の食事を見てごくりと唾を飲む。
「なるほど……これを我らに見せつけつつ、メシウマ朝ご飯をたしなまれると……」
「弁当は五つあるんですけれどね?」
目に映らなかったのかな?
ケビンは不思議に思いつつ、居間の机の上の弁当の一つを手に取ると、残りの弁当を四人のほうに押し出す。
「早いもの順ですよ」
それだけ言って、ケビンは配達された三リットル入りのポットを手に取る。
中に入っている冷たい麦の茶――最近のケビンのお気に入りである――を五つのカップに注ぎ、四人に差し出すと、四人はそのお茶を一気に飲み干した後、無言で弁当を食べ始めた。
そして、シクシクと泣き始めた。
「辛いものが入っていましたか!?」
「……これが、最後の晩餐なのですね……」
「さいごのばんさん」
「ケレンスキー侯爵は研究者でいらっしゃるとお聞きしました」
「わたくし達には、もうこの身しかお役に立てられるものはありません」
「僕達をどのような実験に、お使いになるのでしょう」
「妻と子ども達には、痛くないものを選んでいただけますか」
「私の身だけでご満足いただけませんか。せめて、弟だけでも……」
しとどに涙をこぼす四人に、ケビンは困り果ててしまう。
「あの、私は皆さんに感謝を伝えたいだけで……」
ケビンは仕方ないとばかりに、彼が幼い頃、四人に出会ったことがあるのだと説明する。
しかし、四人の記憶はまったく蘇らないらしい。
少し寂しく思いつつも、まあ昔のことなので仕方ないかとケビンは納得する。
「私は親に勘当され、一人で生活しています。気兼ねなくお過ごしください。昼と夜の弁当は、この中から選んでくださいね」
「「「「えっ」」」」
「えっ?」
シーンと静まり返った居間に、ケビンは首をかしげる。
「どうしましたか?」
「三食……弁当ですか?」
「はい」
「毎日?」
「はい」
「キッチンは?」
「……」
ケビンが、キッチンはどっちだったかなと、家の奥のほうに顔を向けながら目を彷徨わせたので、四人は蒼白になっていく。
「……お茶を沸かしたりは」
「魔石バーナーとビーカーをお貸ししましょうか」
「……」
四人が押しだまったので、ケビンは用事は終わったかなとばかりに、弁当がらをぽいっと床に捨てる。
「「「「!?」」」」
「弁当がらはその辺に置いておいておけば、リーンハルトが弁当屋に回収させますよ」
目を剥く四人に、ケビンは苦笑する。
「リーンハルトが、弁当ガラを回収してくれる弁当屋しか選ばせてくれないんですよね」
四人が神妙な顔をしていたので、ケビンはにっこりと微笑んだ。
きっとこれで、ケビンの狭量な執事を許す寛大な主人ぶりが伝わったのだろう。
少しでも心穏やかに暮らしてくれるといいのだが。
「では、私は上の階に戻ります。昼と夜は勝手に食べていてください」
暖炉横の隠し扉に消えたケビンに、ダニエルは呟く。
「次は、キッチンだな」
家族は頷くと、つう、と涙を流した後、その場で倒れこんだ。
彼らは夜なべして、風呂場への道を作り、カビはないものの埃を被った風呂場を開放し、なんとかシャワーを浴びて居間に戻ってきたのが明け方。
まだ二時間ほどしか寝ていなかったのである。
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