見守る事、傍にいる事、当たり前が安心。

ぱんつ07

だって私の夫ですから。

娘が買い物で子どもを家に預けた日の事。

居間に飾る絵画を見た孫は指を指した。

「おばーちゃん!あれなにー?」

「あぁ、アレかい…?」

「へただねー。」

「あれは君のおじいさんが描いた絵だよ。」

「ふーん。ウチ、もっとじょーずにかけるよー!」

「そうだねぇ、きっとおじいさんより上手かもねぇ。」

「なんでさー、かざってんのー?」

「そりゃあ好きだからさ。」

「おばーちゃんはさー、おじーちゃんのどこがすきなのー?」

「聞きたいかい?多分つまらなくなるから、お菓子とジュース持って来ようかい。」

「やったー!」

「じゃあ少し待ってておくれ。」

私は孫の為に台所へと向かった。

冷蔵庫から紙パックのオレンジジュースを取り出し、食器棚の扉を開けると真っ先に目に入ったマグカップを見てふと思い出す。


ネガティブで努力家の彼の事を。











「僕はどうして歌が下手なんだろう…。」

自分の声を録音したテープレコーダーを聞いて落ち込んでいた時の事。

カチッと乾いた音を鳴らして自分の下手な歌を聴いている様子だった。

「下手なの嫌なら聞かなきゃいいじゃん。」

私は音痴の彼の横で同じ歌を上手く歌って自慢をする。

目尻に涙を浮かべてか細い声で歌の練習をしていたのを覚えている。


「僕はどうして料理が下手なんだろう…。」

授業の家庭科で同じ班になって生姜焼きを作った時の事。

彼に味付けを任せたら甘味のない、ただただ塩味の生姜焼きができた。

「塩と砂糖を間違えるなんて…その上、味の確認もしてないとか。」

「ごめん…責任取って僕が全部食べるから…。」

幸い、彼は効率が悪くて生姜焼きの肉を一枚焼いて味付けして皿へ盛り付けて…を繰り返していてまだ二枚しか焼いていなかったおかげで、残りの肉は私が味付けして甘い生姜焼きを食べる事が出来た。

その後日、急に私へお弁当を作ってきては味の感想を求めるようになった。


「僕はどうしてゲームが下手なんだろう…。」

一緒にゲームをした時の事。

彼はあまりにも下手で、協力して攻略するゲームなのにまったく先に進めなかった。

「もう、私が指示出してるのにボタンの位置すら間違えるなんて…。」

私は別のゲームを誘って一緒に遊んだが、遊び終わってもゲームのオンライン状態は協力ゲームが表示されたままだった。


「僕はどうして写真を撮るのが下手なんだろう…。」

遊びに遊園地へ来た時の事。

せっかく来たからアトラクションも楽しみながら写真もたくさん撮って思い出を作りたいと言った私の為に、彼は頑張って写真を撮ってくれたのだが…。

「ほとんどブレてるし、ブレてないじゃんって思ったら私半目だし、しかもこれなんか内カメで急に自撮りしてるし…。」

特にSNSへ投稿する予定はなかったものの、さすがにひどすぎた。

「ほら、ここでちゃんとしたの撮ろ!寄って!」

私は彼の襟を引っ張って隣に立たせた。

そして城を背景に片手で上手く撮る。

後日、出かけるたびに彼は食事や景色、私の写真を何度も撮っては確認してきた。


「僕はどうしてバイト探すのが下手なんだろう…。」

バイト面接に合格して一か月経った頃の事。

彼が働く職場が、企業名を調べたらブラック企業で有名な所だった。

「求人内容だけ見たからでしょ。企業の評判とか、あと思い切ってやりたい仕事の有名な会社に応募するとか、ちゃんと調べ上げて対策しないとダメでしょ。」

その後彼は、学校の先生や私に面接の練習だったり自分の得意不得意を分析して、何とかホワイトなバイトへ働けるようになったとか。


「僕はどうしてメイクが下手なんだろう…。」

最近は男性もメイクする時代になってきた時の事。

メイクしてみたと写真を送られて見てみたら、彼の体調が心配になるほどのひどいメイクだった。

顔全体がファンデーションの粉浮きが激しくて、目の周りはアイライナーがぼけてパンダの様になっていて、頬のチークは濃いピンクで、口紅は真っ赤で…。

「…まったく、どんなメイクにしたかったの?」

どうやら彼は韓流メイクがしたかったようだ。

メイクの濃さにロックバンドとかイメージしてしまった。

後日、直接教えに行ってから彼も一人で頑張って練習して、一緒にいても恥ずかしくない程に薄いメイクができるようになったとか。


「僕はどうして服選びが下手なんだろう…。」

学生時代から変わらずファッションセンスが皆無な彼とお店で服を見ていた時の事。

常に黒パーカーに黒のスキニー、黒のスニーカーといった、どこかの犯人のシルエットが似合いそうな見た目の彼。

彼が気になって手に取った服が刺々しい革ジャンだった。

流石にそれを着られて隣を歩くのは恥ずかしい。

「こういう花柄は?私この模様好きだし、案外似合うんじゃないかな?」

オレンジ色の百合の絵がプリントされたワイシャツを彼の体に当ててみる。

思ったより花柄が似合っていたことで、私は彼にいくつか試着させてマネキンの様に扱った。

彼は派手なのは恥ずかしいと言いながらも、私が今まで着せた中で一番似合うと褒めたワイシャツを買っては私と会うたびそのシャツを着て隣を歩いた。


「僕はどうして話すのが下手なんだろう…。」

買い物しに一緒に駅を歩いてたら、外国人に道を尋ねられた後の事。

私も上手く話せない方だったが、彼はあまりにもひどかった。

「アレは流石に私も真似できないな。『うぃずみー!ひあ!れっつ~…すとれーと!』って。」

彼はその時の自分の真似をされて恥ずかしくなってごにょごにょと何かを言っていたが、聞き取れないから無視した。

結局、私も英語で説明はできなかったので、歩いて行ける距離というのもあって一緒に目的地まで案内して外国人とは別れた。

彼との買い物が終わって解散した後、SNSを開いたら彼は英単語や文法を投稿する人を多くフォローしていた様子だった。


「僕はどうして掃除が下手なんだろう…。」

彼が一人暮らしを始めてから一年は経った頃。

最後に家に行ったのは引っ越しの手伝いをしてからで、その後はまだ一回も行っていなかった。

私が一番驚いたのは、引っ越しに使った段ボールの山…七箱くらいが開封されていなかったことだった。

「まず物をしまう場所を決めて!あとそこの段ボールの中身は全部開けて取り出して早速段ボールを捨てる!」

私が何とか指示を出して協力して部屋の片付けを一日で終わらせた。

その後は月一のペースで家に行ったが、棚には何が閉まっているのかラベルが貼られてて部屋は片付けた当時のまま綺麗だった。


「僕はどうしてお酒飲むのが下手なんだろう…。」

初めて彼と宅飲みをした日の事。

お酒を普段飲まない彼は私が買ってきたお酒が美味しいと気に入って多く飲んでいた。

それで酔いつぶれて最終的にはトイレで吐いて寝落ちたのだった。

痩せている彼とは言えども、ぐったりした男性をベッドまで運ぶのはかなり大変だった。

綺麗にトイレで吐いてくれたおかげで、服を着替えたり身体を服とかはしなかったものの、運んだことで腕が筋肉痛になった。

「とりあえず!あの酒が気に入ったなら今度また買うから、今度飲む時までに飲むペースと飲める量の把握するんだよ!」

それから、リモートで飲み会を開いては彼からもおすすめのお酒を貰ったり一緒に飲んだりすることができた。


「僕はどうして気持ちを伝えるのが下手なんだろう…。」

最近彼が私に対して口数が減った頃の事。

私が何か話しても、少し考えてから反応してくるせいで会話のテンポが以前よりズレることがあった。

「言葉にするのが難しいなら顔に出せばいいのに。」

彼はいつも暗い顔をしていることが多かった。

でも私は彼が心から感情表現をする表情が好きだった。

可愛いものを見たり綺麗なものを見た時に口角の片方だけが上がってニヤニヤした顔になるとか、嫌いな食べ物を食べたり苦手な虫を見た時に目の周りや眉間に在り得ないくらいのシワができるところとか、不思議なものを見たり気になったものがあった時に目を逸らさずジッと見てる姿が警戒する猫の様で、分かりやすくて好きだった。


「僕はどうして言葉にするのが下手なんだろう…。」

彼が私に対して初めて不安な表情を見せた時の事。

こんな彼にも好きな人が出来て、恋の悩み事かと思ったが違う様子だった。

私に対して日頃の感謝の気持ちを伝えたいのに伝えられなくてモヤモヤと考えていたらしい。

可愛い生き物だなと感じた。

「じゃあ私の絵を描いてよ。それが声のない感謝の言葉だと思って受け取るよ。」

漫画のヒロインみたいな少し痛いセリフを吐いて恥ずかしくなってきたが、その羞恥心を消すほどの衝撃を見た。

彼が初めて私の前で涙を流したのだ。


「僕はどうして絵が下手なんだろう…。」

後日、初めて私の絵を描いてくれた日の事。

本当にお世辞にも上手とは言えない。

流石に棒人間を描いたわけではないし、色を使っていないわけでもない。

そう、顔のパーツや太さ、色の使い方があまりにも幼稚園児より下手で、化け物の私が完成した。

貰った時に練習でゲームの敵キャラでも描いたのかと思ったら私で、目玉が飛び出るんじゃないかなって思うほどびっくりしたのを覚えている。

「下手すぎじゃない…?面白いから部屋に飾って思い出して笑っとくよ。」

やだやだと彼は首を横に振りまくるが、私はその後帰宅前に額縁を買って絵を持って帰って部屋に飾った。


「僕はどうして下手なんだろう…。」

ふと思った彼の言葉。

こうやって下手だと分かっているのに、彼はどうして知りたがって上手くなろうと研究して、今もなお下手だと思う事を続けているんだろう。

「どうして下手なのに続けるの?」

彼の努力は認めている。

ただ気になるのは続けている事だった。

「僕が続ける理由は…。」


彼の答えに私の心は花が咲いた。





















「おばーちゃん?」

「ああ、ごめんねぇ。待たせちゃったねぇ…。」

「ねーはやくはやく。」

「それじゃあ、どこから話そうかい…。」

「おじーちゃんってどんなひとー?」

「おじいさんはねぇ、不器用で可愛らしい人だったよ。」

「ぶきよー?」

「そう…何をしても下手で、かっこよくないんだよ。」

「えー、やだー!」

「嫌だろうねぇ。でも、そんなおじいさんにも、かっこいい所があったんだよ。」

「ゼッタイかっこよくない!」

「…写真も見るかい?おばあちゃんがね、プロポーズされた時の写真。」

「……っ!みるーっ!!」

「確か、この棚に…。あった、これだよ…。」

「これだれー?」

「それがおじいさんだよ。」

「うそだよー。おじーちゃんかっこよくないもん。」

「信じられないだろう…?でも、おじいさんがね、こぉんなにもかっこいいのは、私のおかげだって、言ってくれたんだよ。」

「……?」

「私がね、ずぅっとおじいさんの隣にいたから、安心してかっこよくなれたんだってさ。」

「となりにいるとかっこよくなれるの?」

「そうだよ。男の子って、女の子が隣にいるとかっこよくなれるんだよ?」

「じゃあおんなのこもかっこよくなるのー?かわいくなりたい!」

「女の子がもっと可愛くなれる方法教えてあげよっか…。」

「なにー!?おしえてー!!」

「それはねぇ……『好きな人が目の前にいる』ことだよ。」

「それだけー?クラスにすきなひといないよ…。」

「大人になるとね、良い所だけで見ちゃいけないんだよ…。でも、『だから、ダメなところを見せてもそばにいてくれる姿に安心して良くなった自分を見て欲しいってアピールをした』りするんだってさ。」

「わかんないー…。」

「おばあちゃんも、色々思い出したことばかりで、お話が下手になったねぇ…。」

「へたじゃないよー!」

「あぁ、ありがとうねぇ。」

「ねー、おじーちゃんのどこがすきなのー?」

「言葉や表情に出せない所を、行動で示してくれるところかなぁ…。」

「どーいうことー?」

「好きって気持ちを、体で表現したってことだよ。」

「おどったりしたのー?」

「あはは、踊るとは違うけど…せっかくだから、おじいさんのタコの踊りでも見るかい?ビデオがあるよ。」

「みるー!」

ビデオを流した途端に玄関から元気な声が聞こえてくる。

「ただいまー!お母さんごめんね、子ども預けちゃって…って、またお父さんの変なダンス見てんの?」

「あぁ、おかえり。」

「ママー、おじーちゃんってへんなひとだったー。」

「ん-、確かに変な人だね…はは…。お母さんもよく飽きないね。」

「ふふ、だって自慢の夫ですから。」

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見守る事、傍にいる事、当たり前が安心。 ぱんつ07 @Pants

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