第11話

舞台


 約束の時間に落ち合い、私と管理人さんはバンの店に出かけた。管理人さんの頭にかつらが乗せられているのに、私は何も言えず、ただ挨拶をした。


 店に行く途中の花屋で赤い薔薇の花束を買う。今日のバンの衣装に合わせて、そこの店に置いてある薔薇の中でも一番赤く、真紅の花束にした。しばらく歓楽街を歩いていると、名刺に書かれた住所に着いた。そこは古いビルで、エレベーターも壊れそうな音を立てて止まる。大舞台を期待していた私は一瞬、住所と店名を何度も確かめた。四階に上がると、一番奥の扉だった。


 やはり店内は狭く、無理につくった舞台が店内の奥にあった。


「いらっしゃあい」


 妙に品をつくる背の高いお姉さんが近づいて来た。


「お二人さん、ご案内しますう」


 時間が早かったせいか、一番前のテーブルに案内された。見学だけと言っていたのに、席に着くや否や、管理人さんはカラオケがしたい、と言い出し、舞台に上がって、熱唱し始めた。練習したかいあってか、声量も大きく、堂々と歌い上げている。私は黄色い髪の毛のカナリアさんというお姉さんと二人で話しながら飲んでいた。


「初めて? あの方、上司?」


「あの人は部屋の管理人さんなんです。誘われて。私、バンの隣人です」


「あら? バンのお友達? きゃー、かわいい。バンは踊りが専門だから、今はメイクしてるわ。ダンスが終わった後、接客もするけどね。バンの踊りはいいわよ」


 管理人が歌い終わると、座っていたカナリアさんは黄色い声をあげながら、拍手をした。客は他にサラリーマンが二人ほどだったが、狭い店なのにガラガラだった。


「バンはねぇ、夢があるんですって」


「夢?」


「いつか本当の大舞台に立つって」と言って、カナリアさんはふっと笑った。「こんなとこじゃあね。ショーとは言えないもの。ただ騒ぎたい人が来ているだけ」


 一時間くらい、管理人さんのオンステージだった。その間、若いカップルが二組、入ってきた。私はまだカナリアさんと話をしたかった。本人に聞けない話だったけど、カナリアさんは割とフランクに話してくれる。


 バンは厳格な両親から家を追い出され、十七歳で家を出て、ここまで流れついたということ。いつかは整形をして、綺麗なダンサーになるという夢。そしてここに来て、もう十年経つという。その間、いろんなことがあったそうだ。自称、金持ちの社長に騙されたり、モデルの男に遊ばれたということもあったらしい。


「でも、あの子の偉いところはね、誰も恨まないのよ。私だったら、まず親を恨んで、男を恨んで、果ては神様まで恨むわね。全て呪ってやる」


 氷が全て溶けて、水割りが薄くなっている。


「あの子、優しいのよ。だから今だってこんなところにいる」


 私も頷いた。


「あの子のいいところだけど、それじゃあ、不幸になるばかりよね」


「あの…妹さんの話、聞いたことないですか?」


「妹? あぁ…すごくたくましい妹ね。いつも妹に守ってもらってたって言ってた。バンは小さい頃から優しい性格だからいじめられてて。でも…ある日、もうお兄ちゃん、嫌だって拒絶されたらしいわ。まぁ、この世界あるあるだけどね」


 カナリアさんはため息とともに低い声で話す。


 管理人さんはご機嫌で、席に戻ってきた。とたんに、となりにいたカナリアさんは明るい声をあげる。


「上手だったわぁ。素敵よ。本当、もうくらくらしちゃった。喉、渇いたでしょう? ビールがいい? 待っててね」


 それからカナリアさんは管理人さんにつききりで、私は一人ぼんやりと舞台を待った。五人くらいの大学生が入って来た頃、店の照明は落とされ、舞台が始まった。


 三人が一列に並んで、狭い舞台でラインダンスを踊る。フレンチカンカンの衣装で、大袈裟に左右交互に足を上げる。スカートの中が丸見えだが、コメディータッチな踊りなので、縞々のパンツや鬼のパンツをはいてる人がいる。店から笑いが起こった。バンは真中で牛がらのパンツを見せながら踊っている。


 大舞台に立つ。そんな夢をこんな場所で見つづけている。私が出来ることは何一つなかった。せめて拍手だけでも、盛大に送ることにした。


 赤い衣装はラスト、美空ひばりの「川の流れのように」のショーの時だった。一人だけの舞台で、歌は口ぱくだ。真剣な眼差しの姿に私は感動した。拍手が起こり、客の一人が明らかにバンを狙ったコントロールで硬貨を投げた。犯人は最後に入ってきた大学生のグループの中の一人で酔っ払っているようだ。硬貨が肩に当たったが、表情一つ変えなかった。頭に来た私が立ち上がろうとすると、スカートをカナリアさんに押えられた。


「いつものことよ。あの子の舞台、ちゃんと終りまで見てあげてよ」


 拍手をできるだけ響かせた。するとようやく気付いたのか、舞台の上から、私を見る。私は眠りこけている管理人さんの横の真紅の花束を取った。


「マリー、来てたん?」


 驚いたような表情で私を見た。


「そう。一回見てみたかったから。素敵だった」


 赤い薔薇はよく似合った。いつか夢が叶いますように。私はそう呟いて、真っ赤なバンを見た。堂々としているその姿を私は誇りに思う。舞台に落ちている五百円硬貨を拾って、そのお金を何故か、私にくれる。


「ありがとう」


 私はそのお金をポケットに入れた。

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