第4話 寝室

 ベッドで寝ていた高範は体を揺すられて目を覚ました。「お父さん、お父さん、」と耳元で美和の声がする。


「何だ、もう朝か?」と高範。


「お父さん、話があるの」と美和。


「明日じゃダメなのか?」と高範。


「大事な話なの」と美和。


「病院でした話なら、心配しなくていいよ」と高範。


「違うわ」と美和。「わたし、気が変わったの。」


「どういうことだ?」と高範。


「わたし、お父さんの女にしてもらうことにしたわ」と美和は言いながら、高範が寝る寝具の中にもぐりこんだ。


「冗談でもそんなことを言っちゃだめだ!」と高範。


「冗談でこんなこと言わないわ」と美和は高範の目を見た。


「わたし、このままじゃ捨てられるって気がついたの」と美和。「そう思ったら、いてもたってもいられなくなったの。」


「可愛い娘を捨てるわけがないじゃないか」と高範。


「わたしにはそう思えないわ」と美和。


「娘を捨てるなんてできるわけないだろ」と高範。


「私はお父さんの娘じゃないわ」と美和。「お母さんから聞いたわ。できちゃった婚は嘘だって。お父さんもそのことを知っててお母さんと結婚したんだって。」


「どこでそんな話を……」と高範。


「だからお母さんから聞いたって言ってるでしょ。脅して問い詰めたの。前から怪しいと思ってたから」と美和。


「何が怪しいんだ!」と高範。


「お父さんは不自然に優しいの。お母さんはわたしに少しだけよそよそしいのよ。佳代と比べて」と美和。「だから聞いたの。どんな理由があるのか。」


「だからってそんな話をしないはずだ」と高範。


「隠せないわ。いつかはばれることだから」と美和。


「それは馬鹿げた思い込みだ……」と高範。


「わたし、浮気の現場を偶然押さえたの」と美和。「先月体調が悪くなって学校を早退したの。帰ってきたら、お母さん、ここでやってたわ。その後問い詰めたら、ペラペラしゃべったわ。お母さんは尻だけじゃなくて、口も軽いのよ。知ってるでしょ。」


「そうだったな」と高範。


「本当の父親の名前も聞いたわ。山本幸一っていう人だって。お父さんも知ってる人なんでしょ」と美和。


「ああ、その通りだ」と高範。「だがお前が私の娘であることも本当のことだ。」


「知ってるわ」と美和。「だけどこれからもずっとそうだという保証がないわ。」


「約束しただろう。病院で」と高範。


「女がそんな口約束を信じると思う?」と美和。


「父親が信じられないのか?」と高範。


「離婚したら、私の親権はどうなるの?」と美和。


「それは……」と高範。「お父さんはお前の親権を手放したりしない。」


「お父さんに決められることじゃないわ」と美和。「それからわたし、もう一つ気がついたことがあるの。」


「なんだ?」と高範。


「わたし、お父さんのことが大好きだって」と美和。「わたし、お父さんがいなくなったら生きていけないわ。」


「そんな大げさな」と高範。


「やっぱりお父さんは私のことがわかってないわ」と美和。「お父さんと佳代がいなくなったら、あのバカであばずれなお母さんと二人きりで生活することになるのよ。それどころか、お母さんの間男と住むかもしれないのよ。わたし、耐えられないわ。」


「そんなことは絶対させない」と高範。


「そんな気休め、聞かないわ」と美和。「それに、一番腹が立つのは、お父さんが私のことを信用してないことよ。」


「何を言うんだ。信用してるよ」と高範。


「いいえ、信用してないわ」と美和。「私がお父さんのことを好きだと言っても信じてないわ。」


「何を言う。信じている。本当だ!」と高範。


「じゃあキスして」と美和。「このベッドでお母さんにするようなキスをして。」


「何を言うんだ」と高範。「信じるって、そんなことじゃあ……。」


「そういうことよ!私が言ってるのは」と美和。「わたしは、お父さんを愛してるって告白してるのよ!」


「間違ってる」と高範。


「間違ってないわ」と美和。「私のことを信用してて、愛してるならここでキスして!」


「そんな無茶な」と高範。


「無茶じゃないわ」と美和。「お父さん、ときどき私の体をちら見してるのを知ってるもの。」


「かわいい娘を見て何が悪い」と高範。


「堂々と見て!」と美和。「女として見て!」


「そんな……」と高範。


「わたし、お父さんの娘でなくなったら、生きていけないわ」と美和。「自暴自棄になって家出して、それから自殺するわ。」


「お前は何があってもお父さんの娘だ」と高範。


「わたし、お父さんのことそれほど信頼してないの」と美和。


「なぜだ!」と高範。


「ふらっと家出するって聞いたわ」と美和。「理由もなく。突然に。」


「それは子供の頃のことだ」と高範。


「そうかしら」と美和。「本当は誰も好きじゃないんでしょ。お父さんは。だからある日耐えられなくなって出ていくのよ。」


「今はそんなことはない」と高範。「お前のことも佳代のこともお母さんのことも大好きだ。」


「わたし、お父さんの気持ちがわかるの」と美和。「今は大丈夫でも、突然気が変わって何もいらなくなるんでしょ。」


「大の大人が家出などしない」と高範。


「気休めは聞かないって言ってるでしょ。そんな建前の話をしてるんじゃないのよ」と美和。「わたし、お父さんの娘でなくなっても、お父さんの女だって思えるなら生きていけるって言いたいの。」


「そんなことは間違ってる。無理なんだよ」と高範。「なぜわかってくれないんだ。」


「それはこっちのセリフよ。お父さんは話をごまかすのが下手ね」と美和。「聞いてくれないなら、お母さんの浮気のこと、他の人に喋っちゃうから。佳代が聞いたらなんていうかしら。」


「美和、頼むからそういう冗談はよしてくれ」と高範。


「もう、いい加減あきらめて」と美和。「お父さんは私のことを信頼してるし、愛してるんでしょ。」


「そうだ」と高範。


「じゃあキスをして」と美和。


「わかった。キスしたら自分の部屋に戻るんだぞ」と高範。



「硬くなってるわよ、お父さん」と美和。

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