第2話 病室
高範は美和に連れられて病室に入った。妻のベッドの前には義理の両親が深刻な顔をして立っており、さらにその横には車いすに乗った若い男と中年の男がいた。若い男は首にコルセットをつけていた。
「こんにちは。お久しぶりです」と高範は義理の両親に挨拶をした。妻のしのぶは寝ているようだった。
「しのぶはショックを受けているようだから、しばらく眠らせてもらっている」と普段はぞんざいな義理の父親の高木辰夫が丁寧に言った。
「怪我の具合はどうなのでしょうか」と高範。
「大腿骨と胸骨の骨折と軽い脳震盪、むち打ち、それから数か所に打撲がある。頭部の精密検査はもう済ませた」と辰夫。「障害が残るような怪我ではないそうだ。」
「それは良かったです」と高範。
「それで、少し事故を起こした時の状況を説明しなくてはならないのだが」と辰夫。
美和が高範の左手を両手でぎゅっと握った。
「しのぶはここにいる村田勝也という青年の車の助手席に乗っていて事故にあった。場所は市街地の北にある月見台交差点、つまりラブホテル前のT字路だ」と辰夫。「彼の車が交差点に出たところで直進車と接触したそうだ。」
高範はしばらく呆然としていた。
「大変申し訳ない」と辰夫は高範に頭を下げた。
車いすに乗った青年の後ろにいた男が深く頭を下げた。「村田勝也の父で、勝則と申します」と言って高範に名刺を渡した。この病院の院長だった。勝也は医学部の学生で、しのぶとはインターネットで知り合ったと説明した。
誠意をもって謝罪をするから、法的な問題にはしないで欲しいと言った。
義理の両親と大学生の父親に頭を下げられて少し間があった。当の大学生は、コルセットで首を固定されたまま、気まずそうに視線をそらしていた。
「私は妻さえ元気に戻って来てくれればそれで十分です」と高範。
「妻を許してくれるということですか?」と辰夫。
「ええ」と高範。
「ありがとう!」といって、高範の手を取った。「こんな娘で申し訳ない。」
「しのぶは、少し尻が軽いことを除けば良い妻です」と高範。「ただ心配なのは、私のことが嫌いになって他の男に走ったのではないか、ということですが。」
「そんなことは絶対にない」と辰夫。「君のような立派な夫を嫌うはずがない。私が保証する、しのぶは一時の気の迷いで若い男に近づいただけだ。だからどうか許してやってくれ。」
「ちゃんと治療して妻を元通りに返してくれれば、訴えたりしません」と高範。
院長と息子は病室を出て行った。
高範は美和と手をつないだままだった。高範はベッドの上のしのぶに近づいて、空いている右手でしのぶの手を握った。「早く良くなるんだ。待ってるから」と高範は耳元でささやいた。
美和が続いてしのぶの耳元でささやいた。「タヌキ寝入り、ばれてるよ、お母さん。」
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