+

第1話

「なぁ、俺と鬼ごっこしない?」



夕日に染まる教室でひとり本を読んでいた私は、突然かけられたその言葉の意味を理解するのに時間がかかった。



「え、と…」



色々と頭が追いつかなくて驚きながら顔を上げれば、いつも教室で見かける御影くんが薄く笑って立っていた。



今、鬼ごっこって言った?私の聞き間違い?



御影くんはクラスで1番というより学年で1番の人気者。艶のある黒髪は前髪をワックスで立たせていて、輝くピアスに着崩した制服。バスケ部と言うだけあって背は高くスタイルがいい。



ヤンチャっぽいけどクラスやバスケ部をまとめることのできる御影くんは、男子からは尊敬され女子からは黄色い声援を浴びている。



そんな御影くんと私はただのクラスメイトという関係。それもクラスの中心にいる彼と、隅っこで静かに過ごす地味な私。今までこれといった会話をした記憶はない。



「なぁ、鬼ごっこしよう?」



暫く固まっていた私に再びそう言った御影くんに、さっきのは聞き間違いではなかったのだと確信した。



それにしても、御影くんには困惑している私の顔が見えていないのだろうか。



「あの、突然どうしたんですか?」



これが私と彼の初会話。少し緊張しながら聞けば、御影くんはわたしの手にあった本を取り上げた。



刹那、バサッという音が静かな教室に響く。え?と思った時には既に、さっきまで読んでいた本が御影くんのはるか後ろに投げ落とされていた。



驚き声が出ないまま御影くんの顔を見上げれば、いつの間にか私の机に手をついていて距離が近い。



「俺もう限界なんだよね」


「え?」


「でも、何も言わずにするのは可哀想だからさ。猶予ってやつ?羽咲さんにあげようと思って」


「み、御影くん?待って…意味が…」



主語のない言葉たちに頭が混乱する。それに、御影くんが言葉を紡ぐたびに私の体が勝手に震えだす。



限界ってなに?猶予ってなに?するって何を?



いつも教室で見かける御影くんの笑顔とはまるで違う、妖艶な微笑み。間近に迫る瞳は吸い込まれそうなほど真っ黒だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る