第83話

「手放す気ないから」



背中を撫でていた手がするりと上へ滑り、髪を優しく下に引っ張られる。必然的に顔を上げなければいけなくなり、重なった視線は真剣そのもので。




「綾ちゃんの全部、俺のものだよ」




ゆっくりと上がっていく優くんの口角。

その表情に、背筋に冷たいものが走った。



これまでの人生で言われたことのない甘い言葉に、胸はドキドキと高鳴っているのに、私の中のどこか一部が違和感を訴えているようだった。




でも、そんなはずない。怖い人じゃない。


少し強引な所はあるけど、優くんは優しい。


私の苦手なタイプの男性とは違う。




「ごめんね。綾ちゃんが可愛すぎて、我慢できなかった」


「そ、んな…。私、可愛くなんて」


「可愛いよ」


「…っ」


「素直で純粋な可愛い綾ちゃん」




ストレートな言葉に頬が熱くなり、重なったままの視線がいたたまれなくて、思わず視線を逸らした。



でもすぐに髪を引かれ、優しく、強引に、唇が重なる。



「…っ、」



もう、数え切れないほどされたキス。

深く交わる、それ。



力の入らない体では抵抗なんてできないし、しようともしなかった。




自分が侵されているなんて、気づけなかった。

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