ラブコメの破壊者

テノシカ

プロローグ

第01話 七海光①

「うおっ!?光、それラブレターじゃね!?」


「え?いや、ただの封筒だしそれは分かんないだろ」


「いやいや、放課後の下駄箱にハートマークのシールで留められた封筒入ってて、女子っぽい丸文字でご丁寧に『七海 光ななみ ひかる様へ』なんて書いてあったら、ラブレターに決まってるだろ!」


「うーん、でもやっぱり中身見てみないと判断できないよなぁ」


「なーんか呑気なこと言ってんなぁ。早く中身見ようぜ。しっかしこんなラブコメのお約束みたいなシチュエーション、現実にあるんだな〜」


「いや、もう時間ないし帰ってから読むよ」


「え……はぁ!?今から告白の呼び出しだったらどうするんだよ!相手可哀想じゃね?」


「そう言われてもな……帰って家の手伝いしないといけないし」


「あー、そういやお前ん家って、親が忙しくてお前がほとんど家事してるんだっけか。でもちょっと話すくらいの時間もないんか?」


「いやー、それが今日親が早く帰って来る日だからちょっと急いでるんだよな。それまでに買い物も行きたいし色々やっときたくてさ。それに告白の呼び出しとも限らないし、もしそうだとしたら明日にでも本人に謝って話聞くよ」


「おぉ、そっかー……なんかもったいねーなぁ。オレも『灰原 柊斗はいばら しゅうと様へ』なんて書かれたラブレターお目にかかりたいわー」


「はは、そんなこと言ってたら彼女に怒られるぞ?」


「まぁそうだけどさ、願望持つくらいはいいだろ?——それにしても、光ってモテるよなー。周りに可愛い女子もいっぱいいるしさ」


「そうか?別に普通だろ」


「んなことないって。パッと思いつくだけでも、クラス委員長とか金髪ギャルとか地雷系女子とか、あと生徒会長とも最近よく話してるよな。別のクラスに幼馴染もいるんだっけ?みんなマジで美少女ばっかりだし、お前だったら学校一の美少女とか今度入ってくる新入生とかも攻略できそうだな!」


「うわー、なんかその言い方ハーレム野郎みたいで人聞き悪いな……俺は全員普通に友達のつもりなんだけど」


「相手がどう思ってるかは別だって。光は恋人が欲しいとか思わねーの?」


「うーん……俺は好きとか恋愛とかよくわかんないから、恋人はいいかな」


「出た出た、モテ男がそれ言ってるのすげぇムカつくわー」


「たしかに、俺もモテてる他人がそんなこと言ってたらぶっ飛ばしたくなるかも。でも本心だから仕方ない」


「そっかー。顔だけならお前よりイケメンなやつなんて他にもいっぱいいるけどよ、ただお前がモテるのもなんとなく分かるんだよなぁ。うーん、やっぱりもったいねぇ」


「はは、ありがとな。でも男に言われても別に嬉しくね〜」


「素直に褒め言葉として受け取れっつーの」


「あ、あそこに見えるのお前の彼女さんじゃね?さっきラブレター欲しいって言ってたこと告げ口していい?」


「やめてくれ!あいつ、ああ見えて結構嫉妬深いんだよ!」


「冗談冗談。じゃ、カップル様のお邪魔はしたくないから俺はこれで。またな」


 手をヒラヒラと振りながら俺はそそくさと立ち去る。


 後ろから「またなー」と柊斗が俺に向かって叫ぶのが聞こえた。



 三月初旬の夕刻。


 肌寒い中に春を予感させる空気の匂いと、もうすぐ高校一年生も終わりに向かってお世話になった三年生も卒業していくという、どこか寂寥感のある季節。


 部活に勤しむ生徒たちの掛け声や吹奏楽部の演奏をBGMに、俺は一人夕日に照らされながら最寄りの駅へと歩みを進める。


 ピッピッと改札をICカードでくぐり抜ける学生たちやスーツの社会人たちの列に俺も混ざる。


 この時間の電車はまだ空いていて、帰宅中の学生たちの割合が多い。


 スマホで動画を見たり、積んでた電子書籍を読んだりして時間を過ごす。


 やがて電車は最寄り駅に着き、プシューと鳴る扉を潜り抜ける。


 電車で1時間ちょっと、日が登る時間が長くなってきたとはいえ、もう空は暗くなり始めている。


 改札を抜けて、まずは駅近のスーパーへ。


 自動ドアを潜ると、野菜コーナーの独特な香りが鼻に入る。


 買い物カゴを手に取り必要なモノをポンポンと入れていく。


 なんだか今日はやけに魚コーナーのラジカセから流れる歌が耳につく。


 顔馴染みになってきたおばちゃんのレジに向かって、会計後にスクールバッグからエコバッグを取り出し、卵が一番上になるよう買ったものを順番に入れていく。


 再度自動ドアを潜り、自転車置き場にたむろして世間話に興じる主婦たちを横目に自宅を目指す。


 そこから徒歩で約20分、住宅街に佇む一軒家が俺の家。


 カバンの外ポケットからキーホルダーのついた鍵を取り出して、ガチャリと扉を開ける。


 家の中は真っ暗。


 パチ、パチと順番に玄関、廊下の照明を点けていく。


「ただいま」と口にする習慣は、もう小学生の頃から無い。


 まずは荷物を置くためにリビングへ。


 そこにはテレビもソファもちゃぶ台もなく、二人が座れるテーブルと椅子が佇むだけ。


 戸建て一軒家のリビングにしてはミニマルな空間が広がる。


 テーブルにエコバッグをドサリと置いて、洗面所へ向かいバシャバシャと手を洗う。


 ついでに鏡を見ながら身だしなみチェック。


 前に鼻毛を剃ったのが二週間以上前だから、後で時間見てやっとくか。


 眉毛や産毛の処理もついでにその時やろう。


 そういえばそろそろ化粧水のストックが切れそうだが、もうちょっとしたら季節的にさっぱりタイプに変えてもいいかな。


 そして再度リビングに戻って、空気が少しこもっていたので、閉め切ったカーテンと窓をシャッと開けて換気。


 外はもうほとんど真っ暗で空も濃く紫がかっていて、少し冷えた空気とともに近所の公園の子どもたちが遊ぶ声が部屋に流れてくる。


 テーブルに置いていた荷物を手に取り、買ったものをサッサと順番に冷蔵庫へぶち込む。


 それから二階にある自室へと向かってトン、トンと階段を登る。


 扉を開けると、シングルサイズのベッド、学習机、本棚、カラーボックスといった家具が配置された、いかにも一般的な高校生の部屋。


 暗がりの中、閉め切ったカーテンの隙間から漏れる微かな光でかろうじて照らされている。


 パチッと照明を点けて、制服をハンガーに掛け、部屋着に着替え。


 洋服ブラシで制服をシャッシャッとブラッシングして埃を取る。


 そして皺と臭い取りのスチーマーをかけるため、胸ポケットに入れていたスマホとポケットの中身を取り出し——


 ——と、そこで普段ポケットに入れていないような形状のものが入っていることに気付く。


 そういえば今日、何か貰ってたんだっけな。


 そこに入っていた封筒を取り出し、ペリペリとシールを剥がして中の文面を読む。


『七海光様へ

 突然のお手紙すみません。

 初めてお話した時からあなたのことがずっと気になっていました。

 よければ今日この後、校舎裏まで来てください。

 待ってます』


 そこには差出人の名前すらない。


 裏面に何も書いてないことを確認した後、そのまま封筒ごとクシャクシャと丸めて、ゴミ箱に投げ捨てた。



 ——本当、恋愛ラブコメなんてくだらない。


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