季節外れの幼虫さんへ[一話完結]

ごこちゃん

季節外れの幼虫さんへ

あなたは雨露を凌ぐ快適な場所を見つけて綺麗な蝶になるために、今から蛹になろうとしていますね。天敵にも負けず飢えにも負けず天候にも負けず、ここまで大きくなったあなたは幼虫の中でもきっと優秀なんでしょう。

突然話しかけても申し訳ございません。ああでも私に怯えなくてもいいです。あなたを潰すとかはたき落とすとかそんな下種なことをしようとは思っていません。

ところで、もうすぐ雪が降る季節に向かっていることをお伝えします。

でも安心してください。天敵はいません。寒さで天敵もまたいなくなるのですから。

あなたはゆっくりと朽ちていくことでしょう。


ところで、あなたの朽ちていく時間は、人間で言うとどのくらいなのでしょうか。

毎日少しずつ黒く朽ちていく姿を見て、私は今日も目標も夢もなく、ただ生きるために食べるために外に出ています。今、この私の姿もまた黒く朽ちているあなたと同じなのかもしれません。私の顔色が見えますか。私の声が聞こえていますか。まだあなたに意識はあるのでしょうか。

実は私はあなたの行く末が少し羨ましいと感じてしまうのです。これは意地悪だとか難しい感情だとかそういうものではない本心です。なぜかその本心が私を私自身をとても嫌いにさせるのですが、これは私という人間の解釈なのかもしれません。


あなたが卵から孵るまでどれだけの同胞が死んだのか。

あなたが幼虫になるまでどれだけの同胞が死んだのか。

あなたが蛹になろうとするまでどれだけの同胞が死んだのか。

あなたが目指す蝶になるまでどれだけの同胞が死んだのか。

私はあなたの卵なんて見つけられませんし、幼虫のあなたを見ればその日の気分で気持ち悪いと足で踏み潰していたかもしれないし、蛹のあなたを見ればはたき落としてかもしれないし、蝶のあなたを見れば綺麗だと言っていたかもしれません。

あなたを見つけた時の姿、成長過程で意見をコロコロと変える。まるで下種な生き物の典型例ですね。それでもあなたは私よりも死にやすいのは事実です。でもこんなことを考えてしまう人間もまた死にやすい要因なのかもしれません。


そういえば、あなたに近づく羽虫が何匹かいます。おそらくはあなたの死を予見して水分や皮や肉を喰らおうとしているのかもしれないですね。手を仰いで発生させた風ですぐにどこかへ行ってしまいました。もう死にかけているあなたを助けようとしました。それでもあなたはもうすぐ死ぬでしょう。そんなあなたを助けたような事をして私の心が勝手に救ってやったという傲慢な考えで今日はほんの少しだけ私だけの幸せを感じ、今日も外へ向かいます。たぶんその道中、足元で私が意識しないだけで何匹何十匹の虫を踏み潰しているかもしれないです。

ここまで長々とあなたに語り掛けていますが、やっぱりこれは私の慰め、私のために語っているのだと改めて思いました。


あなたの体、特に中心も黒くなってきたのでとうとうあなたは死んだのかもしれません。きっともうあなたには意識はないでしょうが、続けてあなたに向けて自分勝手な私の話を続けようと思います。

朽ちていくあなたの姿を見た後、私も同じく朽ちた気持ちで食べ物を探しに行きます。体が朽ちてしまったあなたと比べるとまだマシなのかもしれませんが、人間の心が朽ちていくというのもまた辛いものなのです。無駄に体は頑丈で、知能があるせいで大抵の傷やら病気やらには対策があり、なにより直接的に私を食べるために襲ってくる天敵というものもいません。とはいえただ潰すために襲ってくる人も中にはいますが、人は人を食べることはありません。(例外はありますが、毎日食べるという事はないです)私が住んでいる場所は現時点で、食べ物はそこら中に落ちているので、探すこともにも苦労はありません。しかし、食べるためにはあなたの世界と同じく力を示す必要があるのです。あなたのいうところの餌場狩場の戦いでしょうか。私の世界では直接的に戦う事は特にないですが、(例外はやっぱりありますが)その戦果に見合ったものしか食べる事ができません。とてもおいしいと感じるものを目の前にして、目の前の不味いものを食べるのです。なんて贅沢な事を言うかもしれませんし、私が住んでいる場所以外でも贅沢だと言われますが、今の私では辛いと感じるのです。いっそのこと、おいしい物の知識なんてないほうがいい、そう思う毎日を死ぬまで思い続ける必要があるのです。傲慢ですね。すみませんでした。


あなたはどこへいっていってしまったのでしょうか。雨で流されてしまったのか、鳥に食べられたのか、あるいは別の人間があなたを潰したのか、分かりません。

きっと最後になりますが、あなたにこれまでの感謝を兼ねて語りたいと思います。

下種な私は、毎日出かける際に朽ちたあなたのことを見て、哀れだとかかわいそうだとか言葉では表せない感情で、少しだけ幸せや元気などをもらっていました。食べられるものが変化したような大掛かりなものではないのでほんの少しだけです。

それが急にいなくなってしまった。心にまた辛いという感じるものが一つ増えました。こんな下種な私の心にあなたの事を植え付けても、あなたには何の得にもなりません。私がただ辛いと感じた傲慢な考えであなたは数日か一週間か私の心のどこかにいることになります。感謝でもなんでもないですね、ともかくありがとうございました。この場合、あなたの転生先が幸せである事を願って人間に生まれ変わったらいいねと思うのが常らしいですが、私の現状としてはそう祈るのはあなたにとって良いのかどうかは分かりません。万が一私の願いが天に届いて転生先が人間だった場合、私はあなたに許されるでしょうか、それとも怒られるでしょうか。それとも私が卵に転生して、あなたが私という人間に転生する可能性もありますね。その場合はせめて潰さずに、そして危ない時は助けてほしいです。


もしかしたらまた蝶になるための卵として生まれたいと願っているかもしれません。

もしそうならあなたは幸せだったのかもしれません。

もしそうならあなたの願いが届くように今この時だけ天に祈ります。

そして今度は寒い季節ではなく、温かい季節で生まれることを祈ります。

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