心玉戦記

悠木佳

第1話 朝陽の出会

「チュン...チュンチュン...」

遠くから小鳥のさえずりが聞こえる。窓越しの太陽の光が部屋を明るく照らしている。

「...もう、朝か?」

私はゆっくり瞼を上げ、ベッドの上で背伸びをする。こうすると目覚めがいいのだ。

そしてそのままベッドから出て顔を洗う。それがいつもの朝のルーティーンというものだ。

 私の名はシュメラ・ブラクリアス。アイオストリア王国騎士団の団長を代々継いできたブラクリアス家の一人娘である。さて、いつも通り顔を洗おう。

しかし、今日は違った。

「おはようございます。」

...誰だ?この時間に私の部屋に他人がいるというのは今まで生きてきた中で3回ほどしかない。そもそも私の部屋に家族以外の人間を招いたことがないのだ。恐らく聞き間違いだろう。さて、顔でも洗いに...

「おはようございます。シュメラ様。」

やっぱり誰かいる。恐る恐る声の聞こえた方に目を向けると、雪のように白い狐のような耳を生やし、銀色のロングヘアをなびかせているメイド服姿の少女がいた。齢は同じくらいだろう。今までこのようなメイドがいただろうか。仮に私のメイドだとしても勝手に部屋に入るなんて言語道断だ。私はそのメイドに声を掛ける。

「あなた誰なの?」

そのメイド服姿の少女は私に向かって笑顔ではにかんだ。

「申し遅れました。本日よりシュメラ様の専属メイドになりました、レイナ・ルイカナルと申します。」

レイナはそう言って深々と頭を下げた。

「ああ、レイナというのだな?これからよろしく。でもまずは勝手に部屋に入ってくんな!!」

私はレイナに大きな声で言った。勝手に部屋に入ってくることに怖さを感じているからだ。

 そもそも私は、幼少期から「あるトラウマ」のせいで人に心を開くことに怖さを感じているのだ。

それは私が6歳半のころ、王都ノヴァロストクは雪が降っていた。寒さで凍える王都で私はある女性と一緒に王都を歩いていた。女性の名はシオンと言っていた。シオンとの出会いは4歳のころだった気がする。紫色のショートの髪がきれいだった記憶がある。どんどん話していくうちにシオンと仲良くなり、心を開いた。

しかし、それが間違いだった。その雪の降る日、私はシオンが持っていたナイフで後ろから刺されたのだ。

「さよなら」

この一言がシオンから聞こえたあと、私は気を失っていた。

気付いたら知らない天井、あの後、通りすがりの男性が病院に連れて行ったようだったのだ。その男性は未だにわからない。どうして運んでくれたのかすら分からない。

しかし、このことがトラウマで私はそれ以降、家族以外に心を開けなくなってしまったのだ。

 どうやら私の目に少しながら涙が浮かんでいたようだ。何故か少し目が熱く感じる。

 レイナは私の顔を見て一瞬、間を置いて私に言った。

「シュメラ様、朝食はいかがしましょうか?」

「あぁ、何か用意してくれると嬉しいが...まずは顔を洗わせてくれ」

「かしこまりました。シュメラ様。」

それにしても困ったことになったな。突然私にもメイドがついたのだ。少し嫌な予感がするが...まぁ知らなかったことにしよう。

「シュメラ様。」

私は後ろから聞こえたレイナの声にびっくりした。

「お、おう」

とっさに声が出た。レイナはそれに反応してこう言った。

「朝食の準備ができました。今日は目玉焼きでございます。」

目玉焼きと言えばやはり塩胡椒だろう。私は急いで顔を洗った後、ダイニングに向かった。今日もダイニングには私一人。両親は仕事で忙しいのだ。しかし、今日はレイナがいる。レイナと向き合って目玉焼きを食べる。目玉焼きはの味付けは塩胡椒だ。

「いただきます。」

 レイナと一緒に朝食を食べる。最後に誰かとご飯を食べたのはいつだったか覚えていない。しかし誰かとご飯を食べることはいつもより朝食が美味しいような感じがした。ふと目をやるとすでにレイナは食事を済ませ、今日の予定を確認しているようだった。

「あぁ、レイナ。今日の予定を教えてくれ。」

私は今日の予定をレイナに尋ねた。まぁいつも通り予定も何もないだろう。

「今日は朝食を食べた後、女王陛下のもとへ向かいますよ。」

...え?今なんて言った?女王陛下って言わなかった?私は念のために聞いた。

「女王陛下との面会?え?本当?」

「はい、本当でございます。早く朝食を食べ終わって外出の準備をしてください。」

嫌な予感がとてもした。

 朝食を食べ終わった私は動きやすい白い服を着てドアを開けた。

太陽が眩しい。これから女王陛下と面会するというと何かやらかしたかもしれないと思って心がドクドク、心拍数が上がっていく。

「行きますよ。シュメラ様?」

レイナの声が聞こえながら内心どうするかと思いつつ城へ向かった。


 王都であるノヴァロストクは王城のノヴァロストク城を中心とした城下街である。私たちのような人間や獣人族以外にも吸血鬼族など様々な出所の種族が共生している珍しい街だ。そんなノヴァロストクを統治しているのがアイオストリア王国である。過去には別の国だったそうだが、その国の後継としてできたのがこの王国の歴史だそうだ。そして、その王国の最高権力者である女王陛下こそがヴィルギーニヤ・スタロドゥプツェヴァ女王陛下だ。

 彼女は立てば大和撫子、座ればモデル、話す姿はまるで誰もがお手本にしたいほどと非の打ち所がない素晴らしい姿をしているが、かつて側近だった人物らが口をそろえてというのである。私も以前何度か会ったが何とも言えない独特な雰囲気を感じていた為何となくわかっていた。しかし、面で向き合って話すことは恐らく初めてだろう。


 そんなことを考えつつ、屋敷から歩いて5分、王家の住む城に到着した。そのままレイナが書類を近衛兵に渡し、そのまま女王陛下のいる王の間へ案内された。

「...嫌な予感がする。」

思わず口に出てしまった。

「いやいや。嫌な予感とは失敬だな...。でもそれが面白い。」

最も聞きたくない声が聞こえた。ヴィルギーニヤ・スタロドゥプツェヴァ女王陛下だ。

 ヴィルギーニヤ・スタロドゥプツェヴァ女王陛下はやはり独特だ。実際に会うとそれがよくわかる。

長い銀髪に雪のように白い肌、そして紅に輝く瞳。吸血鬼族である。

「女王陛下、シュメラ様に要件があるとお聞きしましたが。」

レイナの質問が女王陛下に問いかけられる。

すると女王陛下は私の前に紙を置いた。

「あぁ、余はシュメラ・ブラクリアスを第三騎士団の正式な騎士団長に就任させることにしたのだ。」

第三騎士団というと別名は「紅薔薇」。吸血鬼族と人間族が多い騎士団の精鋭だ。私がその第三騎士団の騎士団長をねぇ...って、え!?

「シュメラ様なら上手くいきます。ぜひお任せください。」

勝手に話を進めるな!私の意見も聞けレイナ!女王陛下もそれに反応して書類にハンコを捺すな!


「...で、制服を貰ったはいいんだけどホントにやらないとダメ?」

 私は藍色の制服と「剱」の紋章を持って城に隣接している騎士団寮の第三騎士団長室でレイナに言った。正直恥ずかしい。しかし、書類にハンコを捺された以上、止めることはできないのだ。もしこれで逃げたりしたら普通に犯罪者になるのだ。それはどうしても避けたい。

「はい、今すぐに着替えましょう。」

レイナは若干興奮気味に答えた。...なんか怖い。

私は結局藍色の制服に団長の印である「剱」のマークの付けた紋章を付け、騎士団の正装になった。

「似合ってますよ!シュメラ様!」

 レイナはやはり興奮気味に言っている。趣味なんだろうか?まぁ私がそんな詮索するのも野暮だろうし一度目をつむっておこう。

とりあえず一回、第三騎士団の団員に挨拶しておこう。簡単に挨拶して早く帰ろう。うん、そうしよう!

 第三騎士団の練習場につくとそこはすごい光景だった。

そんじゃそこらで怪我人がいたのだ。何で怪我人が出てるんだと思いつつあたりを見回すとがいた。

「オラオラお前らまだそんなもんか!?」

 強靭な肉体、赤い瞳、日焼けで焼けた褐色の肌を持つムキムキのマッチョマンがそこにいた。藍色の制服から騎士団だろう。ふと胸元を見ると「剱」のマークがついた紋章が見えた。別の団長かと思った。私はその団長らしき人に声を掛けた。

「あの...」

「なんだ貴様、見ない顔だな?」

 そのマッチョマンは私に少し厳しい視線を向けた。そして団長を表す紋章を見て言った。

「貴様、まさか新しい団長だな!?」

 いきなり態度が変わり、殺意を感じた。一体何が原因だかわからないが戦うことになりそうだ。

 そのマッチョマンは吸血鬼なこともあり、かなり素早い。私の頭のすぐ横をかなりの速さでそのマッチョマンの拳が通過した。風切り音が耳元で聞こえた。当たったらタダでは済まないだろう。もう少し集中してみよう。右ストレート、左カーブ...。そしてうまくかわしつつマッチョマンの隙を見つけた。すかさず「そこだ!」ととっさに足で蹴り上げた。

 気づいたら私はマッチョマンの顎を綺麗に蹴り飛ばしていた。

「...え」

私は動揺した。しかし周りから歓声が聞こえた。

「あの元団長を倒した!新しい団長万歳!シュメラ団長万歳!」


 どうやらあのマッチョマンは私の前の団長だったそうだ。しかし、周りからスパルタ教育だと不評でついに団長が変わることとなったようで、そこで白羽の矢が立ったのが私だったそうだ。

「どうですか?シュメラ様の力を見ましたか?」

レイナが誇らしげに団員に語り掛ける。団員は「シュメラ団長万歳!」と叫んでいる。大丈夫か、この騎士団は...。

 こうして私、シュメラ・ブラクリアスの第三騎士団長の生活が始まったのだ。


 一方そのころ、この練習場から少し離れた路地裏では藍色の制服を身に纏った男が倒れていた。その男は先程までの威勢が感じ取れなくなり、赤黒いドロドロとした液体が周りに流れ出し、意識が朦朧としているようだった。その男の前にはフードを被った女性がいた。

 「消えろ」

女性がそういうと男の腹部に穴が開いた。そして男は何かを言おうとしたがそのまま声一つ出せないまま命を落としたのだった。女性はそのまま通信魔法を唱え、伝えた。

「ドルギー・スディアマンを始末した。」

「分かった。次の仕事は第三騎士団を乗っ取ることだ。始末完了についてはシオン様に成功を報告しておく。」

 低い男の声で次の仕事を渡された。女性は新しい団長となった人間の少女を思い浮かばせながらそのまま転移魔法を使って遺体の前から姿を消した。

 そして赤黒い液体に浮かぶようにして「剱」の紋章が入ったバッジが静かに浮かんでいた。

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