Episode20 戦いを終わらせるため
「はあぁぁぁぁぁっ!!」
武藤くんの攻撃によりリリーナが大きく後方へと飛ばされ、追撃を掛けようと隙が生まれた彼に私はわざと大きな声で叫びながら武器を振り下ろす。
すると予想通り私の攻撃を避けるために武藤くんは軽い舌打ちを漏らしながらも大きく後方に下がり、どうにか窮地に陥っていたリリーナをギリギリのところで救い出すことが出来た。
「ちょっと! リリーナ、おちつい――」
武器を構えたまま、武藤くんから視線を逸らさずに私がそう声を掛けた瞬間怒りに我を忘れたリリーナが武藤くん目掛けて駆け出す気配を背後に感じ、私は「ああっ、もう!」と不満の声を漏らしながらもリリーナの進路を邪魔するように彼女と武藤くんを結ぶ直線状に体を移動させる。
「——ッ!! 邪魔をするな!!」
「いい加減、冷静になりなさい! じゃないと、芹川さんに失望されるからね!」
そう告げた直後、明らかに同様の気配を感じ取れる声色でリリーナが「えっ!?」と声を漏らしたことで私は自身の目論見が上手く行ったことを理解する。
この数日で分かったことなのだが、リリーナは見た目によらずかなり感情的になりやすい質らしく、一度スイッチが入ると周りが見えなくなって暴走する悪癖があることが判明した。
一応フォローしておけば長年淫魔に使役され続けた弊害で得た【穢されし乙女】の影響で一部ステータス異常に陥りやすい体質になっているため、ちょっとした影響で異常な精神状態になりやすいと言った理由もある。
しかし、本人曰く頭に血が上ると歯止めが利きにくくなる質だと昔から言われているらしいので、称号の影響がどれほど出ているのかは不明だが。
だが、そんな彼女の厄介な特性が判明すると同時にその対処法について既に判明しており、その内容は至って単純で芹川さんの名前を出す、もしくは直接芹川さんが声を掛ければリリーナは驚くほどあっさりと正気に戻るのだ。
そもそもなぜかリリーナは芹川さんの事を仲間や恩人としてではなく神として崇拝しており、執拗に私も芹川さんを崇め奉るべきだと勧誘してくるほど熱心に芹川さんに狂信しているのだ。
そのため彼女にとって芹川さんの一言一句が神託であり、その神託を蔑ろにするほど彼女の信仰心は安くはないのだ。
「ちょっとは冷静になれた?」
私はこちらを警戒するように武器を構えたまま動かない武藤くんから視線を逸らさないままリリーナにそう問いかける。
「……ごめんなさい。カッとなって我を失っていたわ」
するとリリーナはそう返事を返しながら私の隣に並び立ちながら、気持ちを入れ替えるように表情を引き締めると武器を構えた。
「いろいろと思うところはあるだろうけど、私と協力して武藤くんを殺さないように気を付けながら止めて欲しいの。彼は私や芹川さんと同じ異世界から来た人間で、同じクラスメイトなんだから、たとえこの世界の住人を手にかけてしまっているとしてもどうにか話し合いで解決する道を諦めたくないの」
「……分かったわ。でも、もしやつがあの鎧を手に入れるためにわたしの弟かその家族、もしくは子孫を手にかけているのだとしたら……」
「……その時は、一度芹川さんにの意見を聞いてから対応を決めた方が良いと思うな」
「!? そうだな! ユーリ様の判断であればまず間違いはないのだから、あの者にどのような処罰をお与えになるかはユーリ様の意見を尊重しよう!」
軌道修正が楽でありがたいが、こんな調子で本当に大丈夫なのかと心配になりながらも私は余計な思考を頭の片隅へと追いやり、目の前の相手に集中する。
「クハハッ! 2対1なら俺に勝てるとでも思ってんのか? あめぇんだよ!」
そう言葉を発した直後、とうとう本気になったのか一瞬で私たちとの距離を縮めた武藤くんは無造作に大槌を振るう。
だが、元々近いステータスを持っているリリーナは勿論バフによって大幅にステータスが底上げされている私も対応できないほどの速度ではなかったため、余裕とはいかないが危なげなくその一撃を回避するとカウンターを決めるべく大振りの影響で隙ができている武藤くん目掛けて2人同時にそれぞれの武器を振るう。
「だから、あめぇって言ってんだろ!!」
しかし、隙だらけに見えた武藤くんは素早く身を捻りながら私たちの一撃を器用に回避するとそのまま武器を手放し、攻撃を放った直後で無防備なリリーナの体目掛けて拳を放つ。
「——ッ!?」
そして、予想外の一撃に対応が遅れたリリーナは何とかその一撃によるダメージを最小限に抑えるべく反応を見せるが、残念ながら回避も防御を間に合わずに脇腹に鋭い一撃を受け、その衝撃に耐えられずに大きく後方へと吹き飛ばされる。
それから武藤くんは私に一切視線を向けることなく無造作に蹴りを放ち、それを回避するために私が距離を取った直後を見計らってリリーナへ追い打ちをかけるべくその距離を詰めようと動く。
「させ、るか!」
だが、リリーナもダメージで多少動きを鈍らせながら盾を構えることで武藤くんの一撃を瞬時に防ぎ、そのまま盾で彼の体を力任せに押し返すと再び剣を構えて体制が崩れた彼へと迫る。
しかし次の瞬間、ニヤリと笑みを浮かべた武藤くんが足元に転がる何かを蹴り上げると、それ…先ほど手放していたちょうどその位置に落下していた大槌を瞬時に掴み取り、状況を理解して咄嗟に盾を構えるリリーナに大槌を振り下ろした。
「クッ!!?」
「ハッ! よく反応した! だが—―」
彼はそう叫びながら再び武器を手放しながら身をかがめると、頭上から振り下ろされた大槌を防ぐために無防備な状態になっている胴体に拳を叩き込み、当然ながら回避も防御も間に合わなかったリリーナの体をあっさりと吹き飛ばしながら重力によって落下している大槌を蹴り上げて再び掴む。
「そんで、お前も油断禁物だぜ!!」
そして次の瞬間、そう言葉を発しながら少し離れた地点でこの戦いを見守っていた芹川さん目掛けて大槌を投擲した。
「せ――」
咄嗟にそう声を上げようとした瞬間、おそらく彼女のスキルで作り出された複数の盾が何もない空間から出現することで投擲された大槌の動きを止めるが、その一撃があまりにも強力だったのか一撃で粉砕された盾の残骸が周囲に散らばった。
「チッ! やっぱ文字通り【
そう告げながら芹川さんとの距離を詰めようとする武藤くんを止めようと私が一歩踏み出した直後、芹川さん目掛けれ足を踏み出そうとしていた彼が口元に笑みを浮かべながら体の向きをこちらに変えたことでようやく私はこれが彼の罠であることに気付く。
「——ったく、碌に喧嘩すらしたことのねぇあまちゃんが俺を止めようなんざ100年はえぇんだよ」
そんな言葉が聞こえたと思った直後、予想外にこちらとの距離を詰められたことで反応が遅れた私は彼が伸ばした右手に反応することが出来ず、そのまま顔を鷲掴みにされて体を持ち上げられる。
「安心しろよ。さっき殴り飛ばした女も死んじゃいねぇだろうし、お前も芹川も生きたまま捕まえて奴隷として飼ってやる」
「ふざ、ける――」
「だから黙って寝とけや!」
その一言と同時に私は頭から地面に叩きつけられ、MPが一瞬で尽きると同時に強烈な痛みが全身を襲い、それから間もなく私の意識を飲み込もうと闇が襲い来る感覚を感じ取る。
(そん、な……。2人がかりで手傷を追わせられなかったどころか、スキルすら使わせることが出来なかった。芹川さん、どうか私たちのことは気にせず逃げて! 武藤くんの強さは、私たちの想像以上——)
薄れる意識の中で声を発することすらできず、心の中で私は必死にそう叫びながら芹川さんがいるであろう方向に視線を向けるが、もはやほぼ闇に覆われていた私の視界では芹川さんがどんな表情を浮かべているのかすら確認することが出来ない。
そして、必死の抵抗虚しく襲い来る闇から逃れられなかった私の意識はそのまま深い闇の底へと引きずり込まれていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます