Episode15 新たな仲間

「———、う……うう」


 酷く痛む頭に右手を当てながら、目を覚ました私はゆっくりと瞼を開く。

 正直、このダンジョンの最下層に辿り着いてからの記憶が酷くあいまいだが、思考を侵食するかのように体内に入り込んでくる甘い香りが無くなっていることからまたもや私は肝心なところで役に立たず、芹川さんに助けられたのだということを瞬時に察した。


(ほんと、毎度毎度自分の無力さには嫌になる……。後衛の芹川さんが私守りながら一人で戦うなんてかなり無茶したことは間違いないだろうし、前衛として芹川さんを守れるように早く私も強くならないと)


 そんなことを考えながらぼやける視界を彷徨わせていると、ふと少し離れた位置に誰かが寝かされているのに気づき、もしそれが芹川さんだった場合に考えられる数々の最悪な可能性に思い至り鼓動が早くなるのを感じる。


(もしかして芹川さんも私と一緒に寝ている? それとももしかして、2人とも気を失ってどこかに捕らえられてしまった、とか!? そうなると、甘い香りが消えたのは助かったからじゃなくて、もうあんな罠も必要がないと判断されたからで――)


 そのような思考と同時に急激に意識を覚醒させた私は、焦点が合わない視界を無理やり隣で眠る少女に合わせながら必死で体を動かし――


「……えっ? 誰!?」


 隣で寝ていた薄紫色の髪色をした美少女(耳が尖っているしたぶんエルフ)を見つめたままその場で固まってしまう。


「あっ……目が、覚めましたか?」


 突然そう声を掛けられ、正気を取り戻した私は慌てて声が聞こえた方へと視線を向ける。

 するとそこには案の定変わらぬ無表情でこちらを見つめる芹川さんの姿があった。


「ええと……まずは、状況的に助けてもらったみたいだからお礼を言わせて。今回もありがとう、芹川さん」


 そう私が頭を下げると、芹川さんは「どう、いたしまして」と返事を返しながら腰を上げるとスポーツドリンクをスキルで作り出し、私に差し出してくれた。


「何から何までありがとう。……それで、これはいったいどういう状況なのか説明してもらっても良いかな?」


「はい。紫藤さんは、どこまで記憶がありますか?」


「正直、最終フロアと思われる場所に到着してからの記憶はほとんどのないんだけど……」


「分かりました。では、要点だけまとめて説明、しますね」


 そこから芹川さんはこのフロアに到着してから私に【発情】の状態異常が発動し、このダンジョンの主が私を操ろうとしていたらしこと、最奥でこのダンジョンのボスである淫魔の王と私の隣で寝ていた女性、リリーナさんが操られた状態で待ち構えていたこと、操られていた影響かステータスの割に動きが悪かったリリーナさんの隙をついて『狂化薬』を使用し、リリーナさんより弱かった淫魔の王を不意打ちで倒すことに成功したことなどをゆっくりその時の状況を思い出すように語ってくれた。


「……肝心な時に前衛として役に立たないなんて、本当に私ってダメね」


「そんなこと、ありません。おそらく、ボスも紫藤さんを警戒して集中的に狙ったからこそ、このような状況になったのではないかと…思います」


 そう言われると、確かにリソースを割いて集中的に狙うのならば前衛である私からというのは理に適っている気もする。

 だが、どちらかと言うと主人公適性が高い芹川さんだからこそ敵の妨害から免れ、そして逆転の一手を掴むことができたのではないかと感じる気持ちの方が強いが。


「………………っ! こ、こは………」


 そして私達が話している間にそれなりの時間が経過した影響か、どうやら今迄気を失っていたリリーナさんが目を覚ましたらしく知らない声が背後から聞こえて来た。


「あっ。気づき、ましたか?」


 そう芹川さんが声を掛けると、リリーナさんはまだ意識がハッキリとしないのか虚ろな表情を浮かべたまま「あな…たは?」と言葉を返す。


「ボクは、芹川優璃、です」


「セリ…?」


「ユーリ、の方が言い易い…ですかね」


「ユーリ……貴女の、耳……まるで、ノーマルのように――」


 だんだんと思考がハッキリとしてきたのか、次第に目の焦点が目の前にいる芹川さんに合って来たかと思えば、リリーナさんはぎょっとした表情を浮かべて急いで後方へと下がり、そのまま彼女の脇に置いてあった剣を取ると芹川さんにその剣先を向けた。


「わたしを、どうするつもり!? まさか、他の民と同じく奴隷として捕まえるつもりなのかしら? それとも、他のエルフへの見せしめとして利用するつもり? それにしても、こんなダンジョンの奥まで追って来るなんて、厄介な執念ね。ここまでわたしを追って来たということは相当の手練れなのだろうけど、わたしだって王族としてそう簡単にやられるつもりはないわ! たとえ貴女がどれだけ強大な力を持っていようとも、最後の最後まで抵抗して見せる!」


 おそらく【魔王】のスキルが影響しているのか敵愾心を向けるリリーナさんは一切芹川さんの言葉を聞こうとはせず、芹川さんに鋭い視線を向けながら剣を構えたまま動く気配がない。

 そして、芹川さんもこれ以上リリーナさんを刺激しないようにしているのか何を考えているのか分からない無表情でじっと彼女を見つめ、言葉を発することもせずに動きを止めていた。

 そのため、これではいつまで経っても埒が明かないと判断した私は【勇者】のスキルで少しは状況を打開できるのではないかと口をはさむことに決めた。


「ちょっと良いかな?」


「ッ! もう一人………この感じ――」


 私の顔を見た瞬間、リリーナさんは何かを察したような表情を浮かべると言葉を切り、そして深いため息と共に芹川さんに向けた剣をやっと下ろしてくれた。


「どうやら貴女達はこの世界の人間ではなく、こことは異なる次元に存在するとされる創造神がこの地に送り込んだ異世界人のようね」


「分かるんですか?」


 私がそう尋ねると、リリーナさんは「ええ。それに貴女、【勇者】のスキルを与えられてるわよね」と何も語っていないのに私の保有スキルを言い当てる。


「そんなことも分かるんですね」


「ええ。種族に関係なく顔を見た瞬間に敵ではないと理解できるこの感覚は【勇者】のスキルを持つ証としか考えられないし、基本的に【勇者】や【魔王】のスキルを持つ者はこの世界の外から神によって呼ばれて来た者だけと言われているのだから、流石に分かるわ。……要するに、私はこのダンジョンの主に負けて今迄囚われていたのよね。そして貴女達に助けられた」


「まあ、助けたのは芹川さんで私はずっと気を失っていたから、お礼なら彼女に言った方が良いんじゃないかな」


「そうなの? それはすまないことをしたわ。貴殿がノーマルだと言うだけで話を聞こうともせず剣を向けてしまった非礼を詫びさせてちょうだい」


 そう頭を下げるリリーナさんに、芹川さんは「べつに、気にしていませんので」と簡単な言葉で返事を返した。


「貴殿の寛大な心に感謝を。ただ、エルフの一部族とはいえ王族に名を連ねる身としてこのまま何の礼もせぬままというわけにも行かないから、せめてこのダンジョンを出て国に戻った後、相応の礼をさせて欲しいの。最も、わたしがこのダンジョンに逃げ込んだ際には族によって城下は酷く荒らされていたし、それほどのもてなしは難しいかも知れないのだけど」


 苦笑いを浮かべながらそう告げるリリーナさんに、私はふとあることを疑問に感じて口を開く。


「ええと、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……その前に、まずはあなたの名前は芹川さんの【能力看破】によればリリーナさん、で良いのよね?」


「ああ、これは失礼したわ。まだ私は自分の名前すら名乗っていなかったわね。コホン。この度は命をお救い頂ありがとうございました。私の名は、リリーナ・エル・フェルブランド・ラル・ラ・イ・ジナチミル・エメラルダと申します。以後、お見知りおきを」


「そこまで畏まって名乗らなくても良かったのだけど……とりあえず私も自己紹介しとくね。私は紫藤亞梨子。呼びにくいんだったらアリスと呼んでもらって構わないわ」


「分かったわ。一応礼儀として堅苦しい挨拶をさせてもらったけど、どちらかと言えばわたしも堅苦しいのは好きではないからわたしのことも気軽にリリーナと呼んでもらっていいわ」


「分かった。それでリリーナに質問なんだけど、リリーナの国ってこのダンジョンの近くにある、って認識で良いのかな?」


「近く? ……ちょっと待って。このダンジョンに入れたってことは、王城の裏にある神殿からこのダンジョンが隠されている洞窟までやって来ているはずよね。だったら、わたしの国に2人は訪れているはずなのだけど……」


 その言葉で大体の事情を把握した私はもう一つ重要な質問をぶつけてみることにする。


「もしかして、エルフって長寿の種族で千年とか二千年とか生きたりする、とか?」


 その問い掛けに、私が何を言いたのか悟ったらしいリリーナは呆然とした表情を浮かべながら「ええ。わたしの国で最も長寿の者で、五千年ほど生きた事例も確認されているわ」と力ない声で返事を返した。

 そしてしばらく沈痛な面持ちを浮かべるリリーナにどう声を掛けて良いものかと迷っていると、気持ちを切り替えたのか暗い表情のままだが再び彼女が口を開いた。


「つまり、わたしの国はもう既に滅んでいるのね」


「おそらくは」


「そう……。では、わたしが唯一貴女達に与えることが出来る物なんて、王家に代々受け継がれてきたこの剣と盾、それかわたし自身しかなさそうね」


「べつに、ボクはお礼が欲しくて助けたわけじゃな…いです。だから、気にせん…気にしないでください」


 表情や声色からは良く分からないが、ところどころ言葉を選ぶように詰まりながらそう返す芹川さんに珍しく動揺の気配を感じる。


「しかし、既に国は無くてもわたしも王族に名を連ねる者! ならば、この身を貴女に捧げようと—―」


 リリーナが思いつめた表情でそう言葉にした瞬間、私の脳裏に『リリーナ・エメラルダがパーティーに加わりましました』と言うアナウンスが響き、それと同時に「あっ」「なっ!?」という芹川さんとリリーナの声が同時に響いた。

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