Episode14 この淫らなダンジョンの主に終焉を
紫藤さんがダウンしてからしばらく歩いたところでボクは予想通りダンジョンボスが待ち受けるであろう禍々しいデザインをした巨大な扉の前まで辿り着く。
そして、今迄それほど気にしていなかったがここに来て突然このフロアに入ってから回復速度が極端に落ちていたMPが減少に転じ始めたことに気づき、同時に紫藤さんのMPが減少するのに合わせて状態異常に【淫紋】が追加されたり栗色の髪が徐々に黒紫に変化するなど明らかに淫魔化が進んでいることに気付く。
(これ、魔力によって抵抗しているからまだ耐えているけど、MPが切れたらおそらく……。それにMPが切れたら危ないのはきっとボクも同じだろうから、思ったより時間がないかも)
そう悟ったボクは危なくないようにいったんその場に紫藤さんを下ろし、目の前の扉を【知の賢者】で鑑定するとその防御力が5,000と表示されたので『じゃあ問題ないや』と雑に蹴り飛ばして破壊する。(ステータス上ではボクの攻撃力は7,000くらいだが、紫藤さんの持つ【救われし姫君】の効果でバフが入ってるので常に1.2倍ほどの力が出ている。)
そして案の定戦闘を意識した広い空間へと辿り着き、その奥に設置された玉座に座る男(人間に近い姿をした魔物だが)が憤怒の表情を浮かべながら何事か叫んでいるのを確認するが、ボクはそれを完全に無視して必要最低限の魔力消費(50くらい)で無数の光と闇の矢を作り出すとノータイムで男(淫魔の王Lv.60)に叩き込んだ。
しかし、ボクの攻撃は不思議な光を放つ盾を構えた女性(淫魔に堕ちし者Lv.76)が間に割り込んできたことで遮られてしまう。
その女性は身長160ほどのスタイルが良い美人だが、瞳には生気が感じられず着ている服もネットなどでよく見る露出度多めのウエディングドレスのようなもので、そんな衣装と手に持つ身の丈ほどの巨大な盾や美しい装飾が施された剣が妙な歪感を醸し出している。
そして、露出しているその腹部には怪しく光る淫紋が浮かび上がっており、その黒紫の髪色や体のいたるところにまるで浸食でも受けたかのように黒く変色している部分が見えるので、おそらく元は人間でこのダンジョンに挑戦した末に淫魔化されてしまったのだろうと推測できた。
「このクソ女がぁっ!! 我が城に土足で入り込み、好き勝手しただけでは飽き足らずこのような無礼を働こうとは、キサマが我が呪いによって眷属化した暁には、女に産まれてきてた後悔するほどの恥辱を与えてやる!!」
ボスが何やら叫んでいるが、正直今のボクはほとんどそいつに意識を向けてはいなかった。
(50レベル推奨のダンジョンで76って……絶対詐欺だよね!? でも……ステータスはボクとあんまり変わらないから普通に行けそう? ……ううん、ボクらの敗北条件には時間を掛け過ぎてMPが切れるってパターンもあるわけだし、互角の勝負じゃだめだ。ここは一気にケリを付けるしかない!)
そう判断したボクは、敗北へのタイムリミットを意味するMPが減ることも気にせず光の魔法を使って一気に自身のステータスを底上げする。
それと同時に闇の魔法で敵のステータスを下げると、ボクは敵が体制を整える暇も与えずに武器を構えて一気に突っ込む。
だが—―
「クハハッ! 油断したな、女!」
ボスがそう叫んだ直後、背後に気配を感じたボクは素早くそちらに視線を送る。
するとそこには髪の毛の半分ほどを黒紫に変え、正気を失い血走った眼でボクに剣を振り上げる紫藤さんの姿があった。
「ここまで近づいた以上、一時的であればキサマから眷属の所有権を奪い取るなど我には造作もないことよ!」
ボスの言葉を聞き流しながら紫藤さんの攻撃を軽く身を捻って躱し、勢いが削がれたボクに追い打ちを掛けようと盾の女性が近づいてくるがわざと武器を大振りすることで接近を妨害し、そのままボクは操られた2人から距離を取る。
「クハハハッ! どうだ? 自分が助かるために仲間をその手にかけるか? それとも、仲間を殺さぬよう手加減しながら我が首を狙ってみるか?」
煽るようにボスはそう告げながらも、ちゃっかり自分を守らせるような位置に盾の女性を下げているのを確認し、ボクは思わずため息を漏らす。
そして自分の分としてアイテムポーチ(個数制限はあるが見た目以上にアイテムを収納できるお馴染みのアレ)から『狂化薬』を取り出すと、エナジードリンクみたいな味がするそれを一気に飲み干した。
(やっぱり紫藤さんはこういう事態を想定して、ボクが常備する分も創るように言ってたのかな?)
そんなことを考えながら、ボクは一瞬で紫藤さんとの距離をゼロまで縮めると勢い余って殺してしまわないよう細心の注意を払いながら回し蹴りを放ち、紫藤さんの体を壁際まで吹き飛ばす。
「なっ!!?」
そして、状況が理解できないのか驚愕の表情を浮かべたまま動きを止めているボスに向かって魔法を放ち、それを防御するために割り込んできた女性が盾ごと大きく後方に吹き飛んだのを確認してから今度も瞬きする程度の時間でボスとの距離を一気にゼロまで縮める。
「———!??」
ボスが何らかの言葉を発したのを意識しながらも、ボクはその言葉に一切思考を向けることはせずに光と闇の魔力を纏わせた大鎌を振り抜き、その上半身と下半身を一撃で両断する。
直後、後先考えずにバンバンMP使っていた影響でとうとうMPが切れたのか軽く眩暈を覚える。
『経験値を22,000獲得しました。レベルが37に上がりました』
だが、そのアナウンスと同時にレベルアップ分のMPが回復したのか若干楽になるのを感じつつ、ボクはとりあえず自身と紫藤さんのステータスを確認してみることにした。
【ステータス】
・芹川優璃 Lv.37 EXP:64,865(次のレベルまで:5,265)
・SP :198/488
・MP :2,972/ 21,989
・攻撃力:8,199(+692)
・防御力:8,506(+1,650)
・魔攻力:10,042(+900)
・魔防力:9,427(+1,870)
・素早さ:8,813(+2,488)
【ステータス】
・紫藤亞梨子 Lv.36 EXP:62,885(次のレベルまで:1815)
・状態異常:【気絶】
・SP :80/240
・MP :694/4,996
・攻撃力:4,903(+2,264)
・防御力:3,186(+1,998)
・魔攻力:1,684
・魔防力:2,826(+2,418)
・素早さ:4,843(+3,530)
(あっ、紫藤さんの状態異常が【気絶】だけになってるから無事に危機を脱することができたみたいね。正直、さっき倒したボスっぽいやつが実は前座でこれから本当のボスが、って展開だったらどうしようかと思ったけど、ひとまずその心配はなさそうなのかな)
一応ボクはこの部屋に充満していた甘ったるい臭いが薄くなっていることを確認しつつ、最初ボスが座っていた玉座の裏にいつの間にか新たな道が出現しているのを確認してホッと胸をなでおろす。
そして、どうせ後しばらくもすれば『狂化薬』の副作用でステータスが半減してしまうのでしばらくこの部屋で紫藤さんが目を覚ますのを待つことに決め、それと同時に先ほど戦った盾の女性がどうなったのか確認するため周囲に視線を巡らせた。
(……あっ、いた)
ボクが放った魔法によって吹き飛ばされていた女性は、紫藤さんが倒れている場所のちょうど反対方向の位置に倒れていた。
そして、ボスによる支配から解き放たれたのかその肩の辺りで切り揃えられた髪色は薄紫に変色しており、体のあちこちに刻まれていた黒い痣もすっかり消えて白い肌へと戻っていた。
ただ、尖った耳は元のままなのでそこは淫魔化の影響を受けていたわけでは無く元々もそういった種族だったのだろうと推察される。
(……生きている、のかなぁ)
一応【能力看破】で『リリーナ・エメラルダLv.76』と表示されているので死んではいないと思うが、一応ボクはその女性、リリーナさんに近づいて呼吸をしているのか確認してみることにした。
(……戦ってる時も思ったけど、綺麗な人だなぁ。スタイルも良いし。ただ、淫魔化が解けたことで若干ステータスが下がっとる? それでも紫藤さんよりは高いけど……やっぱりこうやって見比べてみると、現地の人と比べてボクも紫藤さんもレベルの割には明らかにステータスが高かよね。やっぱりこれが転移特典とかだったりするんかなぁ)
そんなことを考えながら、ボクはステータス半減のデメリットが発動する前にリリーナさんを紫藤さんの近くまで運び、とりあえずもう少しまともな見た目の服に着替えさせると2人が目を覚ますのを待つことにするのだった。
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