第7話:運命の重圧
美咲を抱きしめた瞬間、僕の心の中に溢れ出した感情は、ただ彼女を守りたいという強い意志だった。彼女は震えながら僕の腕の中に身を寄せ、息を整えるようにゆっくりと深呼吸していた。
「もう大丈夫だよ、僕がここにいるから。」
そう言いながら、僕は彼女をしっかりと抱きしめた。彼女を追いかけたという謎の人物の影が、僕の中で疑念を呼び起こした。過去を変えないと決意した僕に対して、運命がまたしても僕たちを試しているのだろうか。神崎の言葉が脳裏にこびりついて離れない。
「優斗さん……本当にごめんなさい……怖くて……」
美咲は小さな声でそう言った。彼女の声は震えていたが、僕はその震えに何か違和感を感じた。彼女がここまで恐れるほどの出来事が、ただの偶然だろうか?それとも、彼女自身も気づいていない何かが関与しているのだろうか。
「美咲、何があったのか、ゆっくりでいいから話してくれる?」
僕は彼女を安心させるためにできるだけ穏やかに言った。彼女が何か大きな危険にさらされているのであれば、それを知っておかなければならない。僕たちは、もう過去に戻ることを選ばない。だからこそ、今の問題にどう対処するかを考える必要があった。
美咲は少しだけ深呼吸をし、僕に向かって震える声で語り始めた。
「今日の夕方、カフェに行く途中で……ずっと誰かが私を見ているような気がして……最初は気のせいかと思ったんだけど、だんだん近づいてきて……追いかけられてるって感じて……怖くなって逃げたの。」
その言葉を聞いた瞬間、僕の中に冷たい感覚が広がった。美咲が感じたその恐怖は、確かに本物だった。そして、僕にはその背後に何かもっと大きなものが隠されているような気がした。誰かが、僕たちの行動を見張っているのだろうか。それとも、運命が僕たちを試しているのか。
「美咲、何か見覚えのある人とか、特徴はあった?」
僕はすぐに彼女に尋ねたが、美咲は首を横に振った。
「分からないの……暗かったし、ただ足音が近づいてきて、それが怖くて逃げるしかなかったの。」
彼女の言葉を聞いて、僕はすぐに何か手を打たなければならないと感じた。僕たちは今、何か大きな力に見られている。僕が過去を変えたことが、再び僕たちを脅かしているのかもしれない。
その夜、美咲を家まで送り届けた後、僕は深い不安に包まれていた。彼女を守るために何ができるのか、考えを巡らせていた。僕はもう過去を変えるつもりはない。それでも、神崎が僕たちの未来を操作しようとしているのなら、何か手を打たなければならない。
家に帰ると、神崎の言葉がまた脳裏に蘇った。
「過去を変えないと誓ったようだな。それで本当に君は幸せになれるのか?」
まるで僕の迷いを見透かしているかのような言葉だった。彼が一体何を企んでいるのか、僕には分からなかった。だが、この状況が続けば、美咲を守りきれないという強い不安が胸に広がっていた。
再び神崎に会わなければならないのだろうか。僕は彼にもう関わりたくないという気持ちがあった。しかし、彼が僕の過去や運命に干渉できる唯一の人物であることも事実だ。美咲を守るために、彼との対話は避けられないのかもしれない。
翌日、僕は神崎にメッセージを送った。
「会って話がしたい。今度は僕の条件で。」
送信ボタンを押した後、少しだけ心が重くなった。神崎との再会は、また何かを失うことになるのではないかという恐れが頭をよぎる。それでも、美咲を守るためには、もう迷っている暇はなかった。
しばらくして、神崎から短い返信が届いた。
「了解した。明日、いつもの場所で。」
次の日、僕は神崎との約束の時間に指定された場所に向かった。そこは、以前僕たちが出会った古びたビルの一角だった。暗くて冷たい空気が漂うその場所は、過去を変えようとした僕にとって、ある意味で「始まり」の場所だった。
ビルの中に足を踏み入れると、神崎はいつもの無表情で僕を待っていた。彼の冷たい目は、何かを見透かすように僕を見つめていた。
「篠原君、再び会えて嬉しいよ。君がまた迷い始めたことを知っていたよ。」
神崎の言葉に、僕は軽くうなずいた。彼には何も隠すことはできない。すでに僕の心の中をすべて見透かされているような感覚があった。
「美咲が何者かに追われている。それが君の仕業か?」
僕は率直に問い詰めた。もし彼がこの状況に関与しているのであれば、僕はすぐにでも手を打たなければならない。
神崎は静かに首を振った。
「いいや、僕は君たちの運命に直接手を下していないよ。ただ、君の選択がすべての結果を導いているだけだ。」
その言葉に、僕は少し驚いた。彼が美咲に危険を及ぼしているのではなく、僕の選択が原因であるというのか。
「どういうことだ?」
神崎は冷静な声で続けた。
「君は過去を変えないと決意したが、その選択は美咲を含む未来すべてに影響を与えている。過去を変える力は、運命を織り直す力でもある。君がどんな決断を下そうと、影響は必ず波及する。そして、その結果が今、君たちに降りかかっている。」
彼の言葉が、僕の胸に深く刺さった。僕の選択がすべての結果を生んでいるのだとしたら、美咲が追われたのも、僕が過去を変えたせいなのだろうか。運命を操作しようとした僕の行動が、再び何かを歪めているのか。
「じゃあ、僕はどうすればいいんだ?過去を変えないと決めた。もう一度過去に戻れば、すべてがまた崩れる。だけど、このままじゃ美咲を守りきれないかもしれない……」
神崎は少し考え込むように目を閉じた後、静かに口を開いた。
「君が望む未来を守るためには、必ずしも過去を変える必要はない。だが、君自身がその未来をどう築くか、決断しなければならない。運命を変えるのは過去ではなく、今だ。」
彼の言葉は冷静でありながら、何か重い意味を持っていた。僕が運命を変える力を使わずに、今この瞬間で未来を守る方法があるということなのか。
「具体的にはどうすればいいんだ?」
僕は神崎に問い詰めた。彼はゆっくりと僕の目を見つめ、まるで答えを探すかのように少し間を置いてから言った。
「答えは君の中にあるよ。君が選ぶべき道を、君自身がもう分かっているはずだ。過去に縛られず、未来を見据えて進むための道を。」
彼の言葉に、僕は自分の中に何かが変わり始めるのを感じた。僕はもう過去に戻ることはできない。だが、今この瞬間で未来を変える力は自分にあるのだ。
「分かった。もう君には頼らない。僕が自分で答えを見つけるよ。」
僕は強い決意を胸に抱きながら、神崎に背を向けた。彼は何も言わず、ただ僕を見送っていた。
その夜、僕は家に帰り、美咲にメッセージを送った。
「もう一度会いたい。今度こそ、すべてを守るために。」
僕の中には、過去に戻らずに彼女を守る決意が固まっていた。運命に翻弄されるのではなく、僕自身が未来を切り開いていくために。今こそ、その覚悟を固める時が来たのだ。
時を越えた約束 @pinkuma117
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