第13話

「早いな」

 支部長は資料を見ていなかった。


「今すぐ来いと言ったのはアンタだ」


 そうだな。支部長はそう言って机の影からアンティーク調のアタッシュケースを取り出した。


「それは?」

「巫礼は最も危険な異端者ゴーストだ。自分の身は自分で守れ」


 そう言ってアタッシュケースを渡された。中には、リボルバーと小さな木箱が入っていた。木箱には銀色の弾丸が収められていた。


 狼男を殺すカウボーイでも、もっとマシなものを使うだろう。


平和をもたらす銃ピースメーカーの使い方はわかるな」

「まあ」

「それと、これももっていけ」


 無造作に机におかれたそれは、ホルスターと警棒だった。


「このホルスター、だいぶ傷んでるな」

「かつて使っている者がいてな」

「中古かよ」

「まあな。その銀の弾丸を作った神霊武具製作者マスターが使っていた」


 支部長は視線を外して言った。


「ふうん。誰が使ってたかなんて聞いちゃいないがな。話はそれで終わりか」

「ああ」


 アタッシュケースとホルスターをもったが、警棒にはそのまま触れなかった。

部屋を出ようとドアノブに手をかけたところで、呼び止められた。


「なんだよ」

「賀茂君は君の家に泊まることになっている。伝えてなかったと思ってな」


 大原は眉をひそめた。


「宿くらいそっちであてがってやれよ」


「君同様、彼女もいい目で見られてはいないんだ。それとも、さっきみたく雨の中にほっぽりだすか」


 大原は舌打ちをして部屋を出た。


「お前、いくら持ってるんだ」


 賀茂は財布と封筒の中身を数え、十万ですと答えた。宿だけなら一週間ほど、食費を入れると五日ももたないだろう。


「その見た目だしな」


 賀茂はどう見ても年相応にしか見えない。一人での宿泊は断られるだろう。それでもいいと言う宿を知らないこともないが、そういうところに案内するわけにもいかなかった。


「行こう」


 協会を出て、家に向かった。道中、賀茂は常に無言だった。途中に買ってしまったウイスキーを片手に、家の扉を開けた。


 思えば、この家に自分以外が出入りするのは何年ぶりだろうか。


 電気をつけて、賀茂を家にいれた。


「お邪魔します」

「ああ」


 賀茂は家に入ると、ぴたりと動かなくなった。


「何してる。さっさとあがれよ」

「……」

「おい」


 声をかけると、賀茂の意識はどこかにとんでいたのか、驚いたように声をあげた。


「ああ。すみません。お邪魔します」


 たたきを上がってすぐ右手の部屋を案内した。かつて母が使っていた部屋だ。


「家具は好きに使ってくれ」

「はい。ありがとうございます」


 家を案内した後、自室に戻る別れ際、賀茂はまたぴたりと動かなくなった。


「なんかあるのか」

 声をかけると、賀茂は所在なさげに声をあげた。


「あの……大原さんは刀を使う神霊者と聞いていました。家にそういったものはないんですか」


 協会のバカ話がはじまったか。そう思った。とはいえ、刀に関してはつい先日までは山ほどあった。

 

 大原の父親は刀鍛冶を生業としていた。父が行方不明になってから、鍛冶場こそ畳んだものの、道具一式と刀はすべてこの家に引き上げてきていた。しかしそれらは、マコの金のためにすべて売り払ってしまった。


「バカな事言ってないでさっさと寝ろよ」

「あ……」


 大原はそれで自室に戻った。


 部屋に戻ってウイスキーを飲んでいると、時計は二四時を過ぎていた。視線を落とすと、畳におかれたアタッシュケースが目についた。脇にロックグラスを置き、アタッシュケースから取り出した銃を構えた。


 平和をもたらす銃ピースメーカーとよく言えるものだ。殺されていったネイティブアメリカンからすれば、この銃は悪魔の銃に違いない。正義は主観でしか成り立たないことがよくわかる。正義は対になるものに寄生した悪魔の別名だ。まったくもって愚かだ。


 グラスに残ったウイスキーをぐっと飲みほし、ホルスターを引き寄せた。ホルスターは本革で、肩から下げて脇に銃がくるタイプのショルダーホルスターだった。装着して、長さを調整していると、嚢の裏側に何かが彫ってあるのが見えた。確認するとY.Oとイニシャルが刻まれている。以前使っていた奴のイニシャルだろう。調整を終えて、ホルスターを畳に投げ置いた。そこで、ふすまの向こうに気配を感じた。


 ふすまを開けると、足元に全裸で土下座する賀茂の姿があった。


「お前、何してんだよ」

「……部屋に来なかったので、お伺いしました」


 その声から、賀茂の表情を読み取ることはできなかった。


「ワケわかんない事言ってないで、さっさと寝ろ」


 ふすまを閉めようとしたところで、足首を握られた。その手には執拗な感があった。


「困ります。抱いて頂かないと、妹が――」

「服を着て寝るんだ」

「でも――」


 足首をつかむ力はよりいっそう強くなった。


「はなせよ」

「……」


 大原はしゃがみこんで、ちらと顔をあげた賀茂の頬をはたいた。


「戻るんだ」


 それで賀茂は力なく立ち上がり、のそのそと自分の部屋に戻っていった。自室にもどる賀茂の背中にはいくつもの傷が見えた。暗くおぼろにしか見えなかったが、それでも大小さまざまな傷がみえた。頬をはたいたときも、顔をそむける仕草がなかった。叩かれ慣れている人間にでる症状だ。


 大原はもう一杯あおってから、眠りについた。



 次の日、事務所に向かう道中で、賀茂に異常な様子は見られなかった。


「あの……なにか」

「いや。家から事務所の道くらい覚えておけよ」


 そう言って事務所に入った。


「よぉ。はやいな」

「ああ。文護もいるか」

「今来たところです」


 文護は後ろから声をあげた。

 ソファに座り、四人で巫礼の資料を囲んだ。


「こいつらがアニキを」

 滝沢は資料をにらみつけた。


「決まったわけじゃない。ただ、今追えるものはこいつらしかない」

「こいつらの居場所はどうなってる」

「どうにも。今わかってるのはその紙に書いてある事だけだ」


 しばらく深い沈黙が下りたあと、滝沢はまっすぐこちらを向いて言った。


「こっから先は、こっちで調べさせてくれないか」


「……構わないが、あてはあるのか」

「侠東会系の組は全国にある」


 大原は息をのんだ。他の組の助けを仰ぐ行為は、結末次第では組同士の上下関係に大きな歪みをもたらしかねない。特に、今回の件は西村組の弱さを見せることになる。組の結末は想像に難くない。


「いいのか」

「ああ。オヤジだって、もうそのつもりで何日も前からつながりのある組に挨拶に行ってるんだ」


「……そうか」


 大原は静かに立ち上がった。


「大原さん、巫礼が見つかったらあんたにもすぐ連絡する」


「ああ」


 事務所を出るとき、うしろで頭を下げる気配があった。


 外に出ると、これまで、ひどく見当違いな事をしてきたように思えた。時間を無駄にしたような、空虚な感覚。鉛色の原風景でさえも拒否反応を示した。


「これから、どうしますか」

「ああ、そうだな」


 捜査できることはもうなかった。


「――どっか行くか」


 抜け出したい。どこかへ逃げ出したい。そんな心の表れだったかもしれない。 

 










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