第1話

 目覚まし時計の音で目が覚めた。


 布団からでると、パンツにティシャツ姿の自分が姿見にうつった。そのままの格好で朝食をとり、朝支度をすませた。


 黒のスーツに着替え、玄関の引き戸をあけると、ちょうど車が目の前にとまった。


「おはよう」

 車の主は隼人だった。

 返事を返しながら大原は車に乗り込んだ。


「どこに送ってくれるんだ」

 大原はため息まじりにきいた。


「協会の本部だよ」

「……なあ、協会ってのはなんで警察の異動先になれるんだ?ありゃ協同組合を騙った『コートを着た悪魔』だろ」

 大原はひと息に言った。


 協会にはいくつかウワサがあった。その中でもっとも有名なものが、『コートを着た悪魔達』といわれるものだった。協会の人間はみなコートを着用していて、彼らを目撃した者は姿を消してしまうというウワサがその名の所以ゆえんだった。


「そうだな。たしかに扱いは協同組合だ。安頼が言う通り悪魔ってウワサも聞くな」

 隼人はたんたんと言った。


「ならなんだって俺はそんなとこに異動しなきゃいけないんだ。おかしいだろ」 

「いまのは表向きの話だからだ」


 車はいつのまにか、よく知る場所に停車していた。新宿署だった。


「どういうことだよ」

「ここからは歩く」


 車を降りると、隼人はさきほどの話を続けた。


「ウワサはあくまでウワサだってことさ。実際、協会関連でひっぱられたヤツは一人も出てないだろ」


 隼人の言う通り、たしかに協会の人間が引っ張られてきたことはなかった。

 ウワサはあくまでウワサ、か。


 協会には数多くの話が存在していたが、その内情を知るものは一人もいないのが現状だった。協会から戻って来た警官たちも、その間の出来事については決して口にしなかった。

 隼人に続いて、青梅街道を新宿西口駅方面に歩いて行った。そこで、男三人組に声をかけられた。


「よぉ」

一人が声を上げた。よく見ると彼らの顔には見覚えがあった。昨日の男たちだ。


「自首しに来たのか。新宿署はあっちだぜ」


 後ろを差してやった。


「なんだとぉ」

もう一人、耳をおさえるように頭を包帯で覆っている男が声を上げた。


「片耳なくてきこえねぇか?新宿署はあっち」

 包帯の男の顔が紅潮するのを無視して、もう一人、鼻に大きなギプスをつける男に声をかけた。


「お前はなんで喋らないんだ。口呼吸に精一杯で喋ると窒息でもするのか」


 隼人の制止するような気配が漂った。隼人を横目に見て、男たちの間を通り抜けようとした。


「じゃあな」

「まてよ」


 そこで肩をつかまれた。


「おいなんだよ」

 大原は振り向かずに言った。


「昨日はお前から仕掛けてきたんだ。こっちは二人もけが人出てんだよ。お前の方こそ、自首かなんかしたほうがいいんじゃねぇのか」


 そうかぁ。大原はつぶやいた。そして振り向きざまに肩をつかむ男を殴った。


「ぶぇ!」

 包帯の男が飛んで行った。通行人から悲鳴が上がった。


「ダメだ安頼、これ以上はよせ」

 隼人の言葉を無視して、男たちに向かい合った。虫の居所だけが理由ではない。ギプスの男がナイフを手に握ったからだ。


「そんなの持ちだしたら本当にひっぱられるぜ」

「なにがひっぱられるだ。舐めやがってよぉ!お前ぇはもう警官じゃないんだよ!」


 なんだと。


 男は咆哮と共にこちらに突進してきた。男の足を踏みつけて横に避けた。それで姿勢を崩したところに膝を合わせ、顎を撃ちぬいた。そのまま崩れ落ちる頭をガードレールに踏みつけた。


「ちっ」


 舌打ちをして、唾を吐きかけた。

 残る男に目をやった。


「あんたはどうする」

 男はあきらめたような口ぶりで言った。


「……自首します」


 しかし、自首する必要はなくなったようだ。パトカーがサイレンを鳴らして、目の前にすべり込んできた。



 集まった警官たちと話している途中、隼人が男と短く会話しているのが聞こえた。


 すまないな、宮島。


 罪悪感を帯びた声だった。



『通報してやるとは、優しいじゃないか』

 車内に戻ると、女が声をあげた。


『まったく、とんでもないやつだ』


 その声をきいて女は笑った。


『この後はどうする、茂美』


 茂美と呼ばれた男は顎に手を当て、

『無理やりねじ込んだんだ、こちらからも出向かねばなるまい』

 と言って、後部座席に座る女をバックミラー越しに見た。


『ん?私はいかんよ。その方が話も楽だろう。のう』

 女は片目を閉じながらに運転席の男に声をなげた。


『では横浜の後に本部でいいですか』

『ああ、それで構わんよ』


 女は、指を数回ならして、口もとを緩めた――

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