恋愛という意味じゃなく尊敬という意味で、「憧れの人」っていうのは誰にだっていると思う。



 それは、芸能人然り、兄弟姉妹然り、漫画や小説の主人公然りと人それぞれで、期間に違いはあったりするかもしれない。



 それでも誰にだって「憧れの人」はいると思う。



 妬みや嫉みなんて邪心は一切なく、ただ真っ直ぐに憧れる人。



 こんな風になりたいと憧れを抱く相手。



 く言う俺にも「憧れの人」がいる。



 その日、その「憧れの人」からスマホにメッセージが届いたのは、セフレの中のひとりとの情事が終わって程無くしてから。



【飯、食いに行こう】



 そのメッセージを見た途端、真っ裸でまどろんでた女のベッドから飛び起きて、急いで服を着た事は言うまでもなく。



「帰る! またな!」


 浴室でシャワーを浴びてる女にそう声を掛けると、玄関先に置いてた愛車のバイクのメットを手に取って、女の家を飛び出した。



 寺田てらだ たまき



 それが俺の「憧れの人」の名前。



 普段は「環兄ちゃん」って呼んでるけど、本当の兄貴じゃない。



 近所に住んでる兄ちゃんだけど、幼馴染って言えるほど年が近い訳でも、遊んでもらった事がある訳でもない。



 ただガキの頃から憧れてる。



 もう十五年くらい憧れてる。



 環兄ちゃんはとにかく格好良い。



 もちろん顔って意味もだけど、それ以外も格好良い。



 やる事成す事格好良い。



 見てるだけで小便チビるくらい格好良い。



 だから女にモテまくる。



 しかもメチャクチャ喧嘩が強くて、全盛期にはいくつかの伝説を作り上げた。



 その伝説は今も尚、そこら中で語り継がれてる。



 そんな環兄ちゃんの、多分俺は一番のお気に入り。



 環兄ちゃんの周りにいる人間の中で、家族を除いて俺が一番付き合いが長い。



 だから色々信用されてる。



 少なくとも俺はそう思ってる。



 こうして飯に誘われる事が、まずお気に入りの証拠だと思う。



 環兄ちゃんは日々忙しい。



 その中で俺との時間を作ってくれるって事は、つまりお気に入りだから――という以外にない。



 環兄ちゃんからの久しぶりの誘いのメッセージに【行く!】と返信してから、メーターを振りきる勢いで家に帰った。



 家の駐車場にバイクを停めて、すぐに環兄ちゃんの家に向かった。



 同じような形の一軒家が並ぶ住宅街。



 そこにある俺の家から走って一分の距離に環兄ちゃんの家がある。



 環兄ちゃんの家まであと十秒ってところで玄関ドアが開いて、スーツ姿の環兄ちゃんが出てきたのが見えた。



「環兄ちゃん!」


 叫びながら駆け寄る俺に目を向けた環兄ちゃんは、「しょうがねえな」って表情を顔に浮かべ、



「さっきのバイクの音、やっぱり或斗あるとだったか」


 表情と同じような声を出して笑う。



 久しぶりに会った環兄ちゃんは、相変わらず小便チビるほど格好良かった。



「いい音してんだろ? この間、マフラー変えたんだよ」


「まあ確かにいい音だけど、近所迷惑だな」


 口許の笑みを継続したままそう言った環兄ちゃんは、「酒飲むから歩きで行くぞ」と言って早速歩き始める。



 この場合、行く店は駅前にある「居酒屋まるはち」に決まってる。



 どうしてなのかは知らないけど、徒歩圏内で環兄ちゃんが行くのはこの店しかない。



 俺が物心ついた時からある「居酒屋まるはち」は、何もかもが古びてる。



 店の外の看板さえ古びてて、「居酒屋まるはち」の「はち」の字が消えかかってる。



 店内は更に古びてて、何もかも年季が入りまくりで、椅子なんて座るとギーギー音がする。



 店の親爺も古びてる。



 ひとりで店を切り盛りしてる親爺は、俺が初めて店に行った時から然程さほど変わってない。



 つまりは最初からずっと古びてる。



 推定年齢八十歳。



 そんな「居酒屋まるはち」の六人掛けのテーブル席に座った環兄ちゃんは、ビールとツマミを適当に頼んで煙草に火を点けた。



 そして吸い込んだ煙草の煙を吐き出すのと同時に、



「お前、もうハタチだよな?」


 唐突にそんな事を聞いてきた。



「まだハタチじゃねえよ。十九」


「でも今年ハタチだろ?」


「あー、うん。誕生日でハタチ。何? ハタチの祝いに何かくれんの?」


「まあ、それはお前の返事による」


「返事って何の?」


「まだフラフラしてるんだよな?」


「フラフラって?」


「仕事しないで遊んでんだろって事。それとも仕事見つけたか?」


「見つけたも何も探してねえし」


 そう答えたタイミングで推定八十歳の親爺が生ビールの入ったジョッキをふたつ持ってきた。



 ついでに頼んでたツマミの枝豆と冷や奴も持ってきて、何やらテーブルの前でモタモタしてた。



 その間に環兄ちゃんは吸ってた煙草を灰皿に押し当てて消して、二本目の煙草に火を点けた。



 そうして親爺がテーブルから離れるのと同時に、



「或斗、仕事する気ないか?」


 煙草の煙を吐き出しながら、また唐突にそんな事を聞いてきた。



「仕事?」


「ああ。仕事」


「仕事って何の?」


「何って聞かれると難しいんだよな……」


「は? 何それ? 変な仕事?」


「変じゃない。お前、俺がしてる仕事知ってるか?」


「金持ちの屋敷で働いてるってのは知ってる」


「まあ、そうだ」


「それが何?」


「その仕事をしないか?」


「は?」


「お前を俺が今してる仕事の後釜にしたいと思ってる」


「え? 環兄ちゃん、仕事辞めんの?」


「今の仕事はな」


「転職って事?」


「簡単に言えばそうだな。でももうちょっと複雑だ」


「複雑って?」


 問い掛けに、環兄ちゃんは「うん」と曖昧な返事をしてビールをひと口飲んだ。



 釣られて俺がビールを飲むと、環兄ちゃんはそれを待って、



「俺が今働いてるのは、成宮なりみやって家だ」


 小さい子供にするような、ゆっくりとした口調で説明し始めた。



「聞いた事ないか? 成宮金属とか、成宮不動産とか、成宮重工とか。結構手広くやってるからお前でも聞いた事はあると思うぞ。テレビでCMもいくつか流れてる」


「成宮重工って聞いた事あるかも。環兄ちゃん、その『成宮』の家で働いてんの?」


「そうだ。今はその『成宮』の屋敷で働いてる。で、今度はその『成宮』の会社で働く事になった」


「何それ。出世ってやつ?」


「まあ、そうだろうな。本社勤務だし、会社じゃそこそこの地位を与えてくれるらしいし、どっかの金持ちの令嬢と結婚させてもくれるらしい」


「は!? 結婚!?」


「結婚っていうか見合いだな。いい相手を紹介するって感じだ。それにそれはまだ先の話だ。三年くらいしてからだな。無理矢理って訳じゃない。他に好きな女がいるならその話はなかった事になる。でもまあ好きな女もいないし、俺としては見合いの話を受けてもいいかなと思ってる」


「え!? 冗談!? 冗談言ってんのか!?」


「マジだ」


「はあ!?」


「恩恵だ、恩恵」


「おんけい!?」


「これまでの頑張りに対する恩恵だ」


「頑張りって何だよ!?」


「何って仕事に決まってるだろ。俺が成宮の屋敷で働き始めたのは、今の或斗と同じ十九の時だ。それから八年間、ずっと働いてきたろ。仕事ばっかしてる八年間だった。その頑張りに対しての恩恵が、本社勤めと見合い話だ。俺ももう二十七だからな。将来の事考える年だ」


「そ、そりゃその言い分は分かるけど――」


 だからって見合い話は飛躍しすぎじゃねぇの!?――と、続けたかった言葉は、推定八十歳の親爺が揚げ物を持ってきた事で遮られた。



 盆に揚げ物をいくつか載せてやって来た親爺は、それをモタモタとテーブルの上に並べ始める。



 その親爺の手許を見てる俺は自分でも分かるくらい憤然としていた。



 環兄ちゃんが仕事を始めたのは十九歳の時。



 それまで遊び呆けてた環兄ちゃんが突然仕事を始めた時はメチャクチャ驚いた。



 しかも噂じゃとんでもない金持ちの屋敷で働いてるって言うんだから、一体何がどうなってそうなったのか分からなかった。



 それに関して直接本人に聞いた事がある。



 どうしてそんな所で働く事になったのか。



 環兄ちゃんの答えは物凄く曖昧だった。



「たまたまだ」


 確かそんな事を言った気がする。



 もしかしたら「偶然だ」だったかもしれないけど、どっちにしても曖昧な答えという事には変わりない。



 当然そんな答えで納得出来る訳がなかった。



 つーか、「たまたま」だろうと「偶然」だろうと、それまで悪の権化みたいな事ばっかしてた環兄ちゃんが、金持ちの屋敷で働けるなんてまず有り得ないと思ってた。



 仕事をした事よりもそっちの方が信じられなかった。



 なのにちゃんと答えてくれない事に腹が立った。



 まあ、簡単に言えば拗ねたって事なんだけど。



 当時は俺もガキだったし。



 だから環兄ちゃんに仕事について二度と聞かなかった。



 意固地になって絶対に聞かなかった。



 周りの噂にも耳を塞いだ。



 相当意固地になってた。



 その所為で、環兄ちゃんがどんな仕事をしてるのかは知らない。



 金持ちの屋敷で働いてるって事しか知らない。



 今の今までその金持ちが「成宮」って名前だって事も知らなかった。



 それくらい意固地になってる俺の気持ちを知ってか知らずか、働き始めた環兄ちゃんは忙しくなった。



 朝も早くから仕事に出掛けるし、帰ってくるのも遅い。



 どんな仕事をしてるのか知らないけど、一日十二時間以上働いてるのは確実で、その所為で近所でばったり会うって事が殆どなくなった。



 それがまた腹立たしかった。



 年が近い訳じゃないから然う然う遊んだりは出来なくて、近所でばったり会って話をするのが楽しみだったガキの頃の俺には、それを奪われた事が腹立たしくて仕方なかった。



 だから余計に意固地になって、仕事の事は聞かなかった。



 たった一言「どんな仕事してんの?」って聞けば納得出来る事もあったかもしれないのに、その一言を口にする事は決してなかった。



 そして環兄ちゃんも自ら仕事の事について話す事はなかった。



 ただ、とにかく毎日忙しそうだった。



 仕事の休みはなかったように思う。



 休日の環兄ちゃんを見た記憶がない。



 環兄ちゃんが言うように、八年間ずっと働いてた。



 頑張りすぎってくらいに働いてた。



 そうして考えると、「恩恵」ってのは分かる。



 与えられて当然だと思う。



 けど、何でそれが見合い話なんだって思う。



 そんなバカな話があっていいものなのかと呆れに呆れる。



 本社勤めになるのはいい。



 でも見合い話はどう考えたっておかしい。



 そのおかしな見合い話を受けようと思ってる環兄ちゃんもおかしい。



 八年も働いてたから「成宮」に毒されてしまったんじゃないかと心配に思う。



 もしかしたらマインドコントロールされてるのかもしれない。



 そんな俺の心配を余所に、



「とにかくそれで、俺は今の仕事を辞める事になるから、後釜にお前をと思ってな」


 環兄ちゃんは推定八十歳の親爺がいなくなると、またすぐに話をし始めた。



 口振りから、やっぱり見合い話の「恩恵」がおかしいと感じてないらしい。



 俺としては仕事の後釜話より、そっちが気になって仕方ない。



 だから。



「マジで見合いして結婚すんのかよ?」


 環兄ちゃんの話をぶった切って、その質問を口にした。



 途端に環兄ちゃんは珍妙な表情をつくり、



「だから、すぐにどうこうって話じゃないって言っただろ?」


 小首を傾げる。



 どうも俺の質問の意図が分かってないらしい。



 問題は「すぐ」かどうかじゃない。「する」かどうかが大問題なんだ。



「すぐじゃなくても見合いして結婚するつもりなんだろ? それでいいのかよ? 好きでもない女と結婚すんのかよ? 俺にはどう考えたって、見合いが恩恵だとは思えねえよ。何で見合いが恩恵って事になんだよ」


 一呼吸で一気に話してグイッと生ビールを半分飲んだ。



 ジョッキをテーブルに戻した直後、「そういう事か」と環兄ちゃんが言った。



 ようやく俺が言いたい事を理解したらしい環兄ちゃんは、枝豆を抓みながら「さっきも言った通り」と説明し始めた。



「見合い相手はどっかの金持ちの令嬢だ。その相手と結婚したら将来はまあ安泰って訳だ。そういう相手を見つけてくれるって言ってんだ。有り難い話だろ」


「それってつまり、金の為に結婚するって事か?」


「分かりやすく言えば、そうだな」


「好きでもない女と結婚すんのかよ?」


「好きになるかもしれないだろ」


「好きにならなかったらどうすんだよ? つーか、そんな結婚していいのかよ?」


「別にいい。いいと思うようになった。むしろそうやって割り切った結婚の方がいいのかもと思う。そう思うようになった」


「何だよ、それ。思うようになったって、環兄ちゃん何か変にマインドコントロールされてんじゃね? その成宮って家の奴らに」


「マインドコントロールなんかされてねえよ。悟っただけだ。人生について悟ったんだな。まあ、今の或斗には分からないだろうけど、そのうち分かるかもしれない」


「分かりたくねえよ」


「分かりたくねえならそれでいいんだよ。別に俺の考えを押し付けようって訳じゃねえんだから。それに、これもさっき言ったが見合いの話は強制じゃない。好きな女が出来りゃ、その話はなかった事になる」


「好きな女、出来るのかよ?」


「さあな。本社勤めになったら出会いがあるかもしれないだろ」


「出会え。意地でも出会え。そんでその好きな女と結婚しろ」


「お前、何でそこまで俺の結婚に拘るんだよ」


 苦笑って感じの笑みを零した環兄ちゃんは、「お前、本当に俺の事好きなんだな」と言いながら煙草を取り出し火を点ける。



 そんなの今更だろ――と言いたかったけど、見合い話の件でまだ複雑な気持ちだから、素直に認めるのはやめておいた。



「そろそろ、仕事の件に話を戻していいか?」


 煙草の煙を吐き出しながらそう言った環兄ちゃんは、何でだか楽しそうに笑ってる。



 どうやら俺が不貞腐れてるのが面白いらしい。



 昔からそうだ。



 環兄ちゃんは俺がムキになればなるほど面白がる。



 でもそれが分かってたからって、ムキになるのを制御出来るほど俺はオトナじゃない。



「そうだよ、その仕事の話も、何で俺なんだよ。俺に振ってくる意味が分かんねえ」


 不貞腐れてる感満載で言葉を吐くと、環兄ちゃんは笑ったまま「お前の為だよ」と言った。



「俺の為?」


「そうだ。お前も今年でハタチだろ? でも仕事もしてないだろ。フラフラしてる場合じゃねえだろ」


「だから?」


「だから、俺の仕事の後釜になれって言ってんだよ。将来の事、考えて」


「将来って何だよ」


「将来は将来だろ。親にいつまで小遣い貰うつもりだか知らないが、ハタチ超えて仕事もしないで親から小遣いせびってる男なんてクズだろ。女たぶらかして金稼げるのも長くは続かないしな。ホストにでもなるっていうなら話は別だけど、今のご時世ホストもそう簡単に食ってはいけない。世の中は厳しいぞ」


「だから、環兄ちゃんの後引き継いで仕事しろってか?」


「大事なのは後釜になる事じゃない。そのあとに待ってる恩恵だ」


「また出た、恩恵! 俺、いらねえよ! 好きでもねえ女と結婚する気ねえし!」


「そっちじゃない。就職の事だ」


「はあ?」


「いいか。俺の仕事の後釜は、二年ほどでいい。長くても四年だ。それ以上は絶対に長くならない。で、そのあとお前は恩恵を受けて、成宮の会社に就職出来る。これはもう約束されてる」


「別に成宮の会社なんか就職したくねえよ」


「バカタレ。よく考えてみろ。就職難の今のご時世に、最終学歴が中学のお前が一流企業に就職出来るなんて奇跡は、これを逃したら絶対に起こらないぞ。長くて四年、俺の後釜として働いたらその奇跡が手に入る。二十四歳の時に一流企業に就職してるか、ホストだかチンピラだかやってるか、どっちを選ぶんだって話だ」


「……そんな先の事考えてねえよ」


「考えてねえのが分かってるから、俺が考えてやってんだろ。お前の為を思って、仕事を振ってるんだ。ここは素直に言う事聞いとけ。絶対、将来俺の言う通りにしてよかったって思う時がくるから」


「で、でも――」


「通勤用に新しいバイクも買ってやる」


「――ええ!? マジ!?」


「マジ」


「バ、バイクって何?」


「お前が欲しいやつ。しかも新車で」


「マ、マジ!? カ、カワサキの――」


「Ninjaか? いいぞ」


「ZX-10R……」


「いいぞ」


「いいのか!? 何で!? 環兄ちゃん、そんなに金持ってんのかよ!?」


「出すのは俺じゃない。成宮家だ。働くって言うなら通勤用として買い与えてくれる。もちろんそれはお前のだから仕事を辞めてもお前のもんだ。交通費のガス代も出るから安心しろ」


「バ――バカなのか!? 成宮! 通勤用のバイク買い与えるってバカだろう! バカでしかないだろう! いくらすると思ってんだよ!」


「いい条件だろ。しかも給料もいい。どうだ。やる気になったか?」


「で、でも俺、環兄ちゃんみたいに働く自信ねえし……」


「うん?」


「朝早くから夜遅くまで、一日十二時間以上働くとか無理だし、休日もねえとかやってらんねえし……」


「いや、そんなに働く必要はない。基本的には平日の朝九時から夕方五時まで。週休二日で土日は休みだ」


「んでも環兄ちゃん、朝早くから夜遅くまで働いてたろ。休んでもなかっただろ?」


「それは俺が自ら進んで仕事してただけだ。基本はさっき言った通りだから、俺みたいに働かなくても問題ない。文句言われる事もない」


「……絶対か?」


「絶対だ」


「…………」


「どうだ。やるか?」


「ま、待ってくれ。その仕事って何? 仕事の内容が全然分かんねえんだけど」


「ああ、そうか。すっかり言い忘れてたな」


「大事な事だろ。忘れんなよ」


「成宮家にはご令嬢がひとりいる。十六歳で、名前は瑠花るか。その瑠花さんの傍にいる事が仕事だ」


「傍にいる?」


「常に傍にいる」


「え? それって執事とかってやつ?」


「違う。お前に執事なんか無理だろ。俺にも無理だ。そういう執事の仕事はちゃんとしたプロがやってる」


「じゃあ、何だよ。護衛か? 金持ちだから護衛が必要だってか?」


「それも違う。護衛もプロがちゃんと別にいる」


「なら何なんだよ。傍にいるって何だよ」


「一言で言えば犬だ」


「犬、だあ?」


「瑠花さんの犬になるのが仕事だ」


「ああん!?」


俺はこの時点で、「冗談じゃねえ」と断ればよかったんだ。



いや。断るべきだったんだ。

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