欲しかった言葉

斎百日

恩返し

「あ、あの……、その……」

 沙紀はしどろもどろになりながら、なんとか言葉を紡ごうとした。けれど、それは言葉になる前に沙紀の中で泡となり消えていく。そんな様子を見て、美月は優しく微笑んだ。

「大丈夫。落ち着いて」

「……はい」

 美月の言葉に落ち着きを取り戻していく沙紀。そして、大きく深呼吸をすると、再び口を開いた。

「……ありがとうございます。少し落ち着きました」

「そう? よかった」

 美月は沙紀の答えに安堵した表情を浮かべる。

「あの……、私……」

「うん」

 美月は沙紀の言葉を待つ。

「私は……、私は……」

「ゆっくりでいいよ」

 そんな沙紀を優しく見守る美月。「私は……、美月さんに救われたんです」

「救われた……?」

 美月は沙紀の言葉に首を傾げる。

「はい。あの時……、あの場所で美月さんに出会わなければ、きっと今の私はここにいなかったと思うんです」

 沙紀の脳裏にはあの時の光景が浮かんでいた。そして、その中心には美月がいる。

「だから、本当にありがとうございます」

 沙紀は深々と頭を下げる。そんな様子を見て、美月は少し照れくさそうに笑った。

「ありがとう」

 そして、そう言ってから沙紀に優しく微笑んだ。

「あの……、それで……」

「ん?」

「その……、美月さんにお願いがあるんです」

 沙紀は意を決したように美月を見つめる。そんな沙紀の真剣な眼差しに美月も真剣な表情で見つめ返す。

「私……、私は……」

「うん」

「私は……、美月さんの力になりたいです!」

「……え?」

 突然のことに驚く美月。

「私、今まで美月さんにいろんなことをしてもらって……、本当に感謝してるし、その……」

 沙紀は言いたいことがまとまらないのか、しどろもどろになりながら言葉を続ける。そんな様子を見て美月は微笑んだ。そして、沙紀の言葉を待つことにした。

「だから……、その……」

「うん」

「私は……、美月さんのそばにいたいんです」

「え?」

 美月は沙紀の言葉に驚きを隠せなかった。

「私がそばにいることで……、何か役に立てることがあったら言ってください。私にできることはなんでもやりますから」

「……そっかぁ……」

 沙紀の言葉を聞いて少し考え込むようにする美月。しかし、すぐにいつものように微笑むと口を開いた。

「……じゃあ、ひとつお願いしてもいいかな?」

「はい!」

 美月の言葉に嬉しそうに返事をする沙紀。

「ひとつ? いくつでもいいんですよ?」

 沙紀は前のめりになって尋ねる。そんな沙紀の様子を見て美月は苦笑いを浮かべた。

「……あはは……、ありがとう。でも……、今はひとつだけお願い」

「……ひとつだけ……ですか……?」

 予想外の返答に少しがっかりとした表情を見せる沙紀。しかし、すぐに気を取り直すと再び美月に向き合った。

「わかりました! で……、そのお願いって……?」

「私と付き合って」

「え……?」

 突然の言葉に頭が真っ白になる沙紀。そんな様子に美月はクスリと笑った。そして、改めて口を開いた。

「私と付き合って欲しいんだ」

「……付き合う……? ……え!? ……えぇぇぇっ!?」

 美月の言葉の意味を理解した瞬間、沙紀の顔が真っ赤に染まった。そして、そのまま固まってしまったのだった。

「あはは……、ごめんね」

 そんな沙紀を見て美月は楽しそうに笑う。

「もう! なんで笑うんですか!?」

「だって……、沙紀ちゃんの反応が面白いんだもん」

「からかわないでください!」

 突然の告白にしどろもどろになる沙紀。しかし、すぐに冷静になり美月に尋ねた。

「……でも……、いいんですか?」

「何が?」

 首を傾げる美月。そんな様子を見て沙紀は続けた。

「その……、私なんかで……」

「なんかじゃないよ。私は沙紀ちゃんのことが好き」

「あ……、ありがとう……ございます……」

 美月の言葉に顔を赤くしてうつむく沙紀。そんな様子を見て美月は微笑んだ。そして、言葉を続けた。

「付き合ってよ。私、沙紀ちゃんともっと仲良くなりたいな」

 そんな美月の言葉を聞いて、沙紀は覚悟を決めたように口を開いた。

「……わかりました! 不束者ですがよろしくお願いします!」

 そう言って頭を下げるのだった。その様子を見て美月は再び楽しそうに笑った。そして、沙紀に手を差し伸べた。

「こちらこそ、よろしくね」

「はい!」

 沙紀は元気よく返事をして美月の手を握った。こうして、二人は恋人同士となったのだった……

「……って! ちょっと待ってください!!」

 そんな美月との思い出を思い返していた沙紀だったが、突然大きな声を上げた。そして、そのまま立ち上がると美月に抗議の声を上げた。しかし、そんな沙紀の様子を気にすることなく、美月はニコニコと笑っている。そんな様子に少しムッとした表情を見せる沙紀だったが、すぐに気を取り直すと言葉を続けた。

「美月さんはずるいです! なんであの時……、いきなり私に告白したんですか?」

 沙紀の問いに首を傾げる美月。そして、少し考えてから口を開いた。

「……うーん、なんでだろう? でも、あの時は自然と言葉が出てきたんだよね」

 そんな美月の言葉にさらに頬を膨らませる沙紀。そんな様子を見て美月は苦笑いを浮かべたのだった。

「もう! そんなんじゃ納得できません!」

 そんな沙紀の態度に困った表情を浮かべる美月だったが、すぐに真面目な表情になると沙紀を見つめた。その真剣な表情に沙紀も思わず姿勢を正すのだった。

「私の方が、沙紀ちゃんに救われたんだよ……」

 そんな美月の言葉を聞いて、沙紀が首を傾げた。そして、そのまま口を開いた。

「それってどういう意味ですか?」

「……私の方が、沙紀ちゃんのことが好きってこと」

「もう! 美月さんったら!」

 そんな沙紀の声が部屋に響き渡った。しかし、その声もどこか嬉しそうだった……

「ねぇ、美月さん?」

「ん? 何?」

 突然、名前を呼ばれて驚く美月。そんな様子に沙紀はクスリと笑うのだった。そして、改めて口を開いた。

「私たちって本当に幸せですよね」

「そうだね……」

 そんな沙紀の言葉に同意するように微笑む美月。そんな美月の様子を見て、沙紀は美月に近づくと抱きついた。

「美月さん!」

 そんな沙紀の行動に驚きながらも嬉しそうな表情を浮かべる美月。そんな美月に抱きつく力を強めながら、沙紀は再び口を開いた。

「私……、本当に幸せです」

「うん……」

「……これからもずっと一緒ですよ?」

「……もちろんだよ」

 そう言うと二人は唇を重ねるのだった……

 その後、二人はしばらくの間抱き合っていたが、やがてどちらからともなく離れるとお互いの顔を見つめ合った。その顔はどこか赤らんでいるように見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

欲しかった言葉 斎百日 @ImoiMomoka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ