私が僕でも友達になってくれますか

はるなん

プロローグ

「いじめなんかして楽しいの?」

 雨宮(あまみや)さんが声に出したその言葉は、騒がしかったその教室を一瞬で静寂に変えた――。


 今は五月初旬。学年が変わり一ヶ月ほど経過したそんな頃。新しいクラスに慣れ始めた生徒たちで活気溢れる昼休みにそれは起こった。

 それは、いじめられている同級生を助けるための勇気ある行動。そしてその同級生とはまさしく僕のことであり、彼女は救世主となるべく立ち上がってくれたのだ。

 しかし僕にはその行動を心から歓迎できない理由があった。もし僕に彼女を止める勇気があったのならば、今すぐにでも席を立ち両手を広げ『余計なことしないでよ、雨宮さん!』と叫んでいたに違いない。それほどに、彼女は本当にありがた迷惑な救世主だったのだ。

「うっせよ、ウザミヤ。いじめてねぇよ……」

 そう返答したのは、僕の席を取り囲む集団の中の一人――リーダー格の男子生徒だ。

 彼は雨宮さんに冷たく睨まれ、皆の前で注意されたことが恥ずかしかったのか、その声は少し震えているように思えたが、彼女の名を『ウザミヤ』と呼ぶことで精一杯強がってみせたのだろう。しかし窓側の最後尾にある僕の席より三列ほど前で横向きに座る彼女は、組んだ足をぶらぶらとさせながら、彼の言葉を気に掛ける様子もなく会話を続ける。

「ふぅん。だったらさぁ。なんでそれ、自分たちで買いに行かないのかなぁ」

 それは純粋な問いではない。明らかに相手を責める強い意思を込めた言葉だった――。


 彼女の名は『雨宮美月(みつき)』――校内で一、二を争うほどの眉目秀麗な顔立ちにショートボブがよく似合う高校二年生。だが明らかに地毛とは思えない茶髪に両耳のピアス、着崩したシャツの胸元にはネックレス……と、校則違反のオンパレード。そんな容姿からも総合して、初見ではワルっぽい印象を持たれそうな彼女であった。とはいえ実は根が真面目で人一倍正義感が強い人なのかもしれない。というのも、彼女がこれまでにも、素行の悪い生徒を注意して対立しているのを何度か見たことがあったからだ。そのためなのか、一部の男子からは『ウザミヤ』と呼ばれ腫れ物扱いされている。

 そしてこの昼休みに再び、その正義モードのスイッチがオンとなってしまった。その原因はおそらく、僕の席に山積みされたパンやら飲み物やらを見たからだろう。彼女はそれがいじめだと確信し、僕の席を取り囲む男子の集団に声をかけてきたのだ――。


「なんで、鈴木くんがあんたらのお昼を一人で買いに行ってんの? おかしいでしょ」

「部外者がうっせえよ。モブロウがゲームして負けたんだよ。これはその罰ゲームだから」

「モブロウって……。その呼び方もどうかと思うけど?」

 そう。『モブロウ』とは僕のこと。僕には『鈴木三郎(さぶろう)』という超絶地味な本名があるのだが、それを揶揄して『モブロウ』と呼ばれているのだ。

 そして確かに僕はいじめられている。助けてくれる友達もいない。

 ただ、僕が昨年の春入学したこの天河(てんかわ)高等学院は一応進学校でもあったため、所謂札付きのワルと言われるほどの生徒がいなかった。だから幸いにも、漫画やドラマでたまに見るような酷い暴力を受けたことはない。しかし酷くないとはいえ、彼らのいじめは狡猾で陰険だ。

 例えばその一つに『罰ゲーム』がある。彼らはカモ認定した者をグループに入れ、『ただ仲間で遊んでいるだけ』という体(てい)でゲームに参加させるのだが、それはアミダくじでもじゃんけんでもなんでもよく、なにをしようが関係ない。なぜなら全てが事前に仕組まれており、こちらの負けが確定されたゲームだったからだ。そして負けた者への罰ゲームと称し、掃除当番を代われだの、授業のノートを見せろだの、昼飯買ってこいだの……そんなくだらない小さないじめを繰り返す。

 おそらくだがこのご時世、犯罪まがいなことをするとすぐにSNSにあげられ、本人のみならず家族までもが炎上する可能性があるため、こんなやり方をするのだろう。

 しかしそんな僕たちの様子を見ていた雨宮さんは、どこかおかしいと感づいたようだ。そして持ち前の正義感の強さからか、僕を助けるために声をあげたのだった――。


「本当にゲームなの? どう見ても、そうは思えないんだけど」

「しつけぇよ! 仲間で遊んでるだけだから、お前は関係ねぇし。信じらんねぇなら、モブロウに聞いてみろよ!」

「そんなの、やられてる側に聞いても、正直に答えられるわけないっしょ」

「じゃあ、どうしろってんだよ! 証拠もなんもねぇのに、ウザ絡みしてくんな!」

 緊迫した状況の中、騒ぎを嗅ぎ付けた野次馬が廊下に集まってくる。

 しかし彼女はそんなことはお構いなしに、優しい声で僕に質問してきた。

「……ねぇ、鈴木くん。一応聞くけど、こいつらと友達なの?」

「え……。そ、そうだけど……」

「本当に? 一緒にゲームしてただけ?」

「……そうだよ」

「それって、無理矢理に買いに行かされたんじゃないのかなぁ?」

「違うよ……。ゲームに負けたから」

「でも鈴木くんっていつも負けてるような気がしてる」

「そ、それは僕が弱いから――」

(こんなやり取り、いくら繰り返しても意味ないよ!)

 そんなことを考えながら、偽りの返答を続けてしまう。しかしそれは当然のことだ。なぜなら、この僕が『いじめられてます』なんて簡単に言えるような男だったのなら、そもそもこんな状況にはなっていなかったからだ。それに、これ以上彼女にこの場を掻き回されたら彼らとの関係が更に悪化し、いじめがエスカレートするかもしれない。だから僕は、彼女の行動を歓迎できなかったのだ。だから僕は、早くこの場を納めてしまおうと嘘をついたのだ。

 するとそのとき――なぜか突然に席を立つ雨宮さん。

 驚いた僕は身体をビクッと反応させながらも、彼女は呆れてどこか行ってしまうのだろうと安堵したのだが、すぐにそれは間違いだと気づく。

 なぜか彼女はそのまま一直線に僕の方へと向かってきたのだ。そして僕の席を取り囲む男子を蹴散らし正面に立ったかと思うと、机に『バンッ』と両手を突き、身を乗り出して目の前まで顔を近づけてくるのだった――。


(えぇ?! ちょちょちょ、ちょっと、雨宮さん?! 顔が近い! 前髪が顔についてる! 吐息がかかってるよ! ……でも、すんごい肌綺麗だな。近くで見てもめっちゃ可愛い。めっちゃいい匂いするし……じゃなくて! こ、これっていったい――)


 お互いの額が付いてしまいそうな距離に焦る僕は、全身が熱くなるのを感じながら、彼女に触れることがないよう限界まで椅子を傾け、身体を後ろへ反らした。

 すると彼女は僕を逃がさないかのように更に顔を近づけてくる。そして黙ったまま僕の様子を観察したあと、真面目な顔で妙なことを口にし始めたのだ。

「やっぱ、こんなことされたら恥ずいよね」

「……え。えぇ?!」

「それって、私が女子だからでしょ?」

「どどど、どういうこと?!」

「女子が近づいてきたら、そうなるよね」

「あ、当たり前だよ!」

「鈴木くんってさぁ。男女で友達になれると思う?」

「…………はい?」

 僕はその質問の意図がわからず、そのまま無言で固まってしまった。しかしそれは他の生徒たちも同じだったようで、呆然としながら状況を見守っている。

 だがそんなことはお構いなしに一方的に会話を続ける雨宮さん。

「私はさ、無理だと思うんだ。男女で友達。だって異性ってやっぱいろいろ考えちゃうからね。今みたいに、近づいたら恥ずかしいとかさぁ。それにね、もし自分の彼が女友達と仲良くしてたら嫌じゃん? あ、ごめん。私に彼氏はいないからぁ、『もしも』の話ね。わかる?」

「わかんないよ! いったいなんの話を――」

「あれ? わかんなかったかぁ。そんじゃあ、他で例えるとしたら……。鈴木くんはアイドル好き? 好きそうだよね。推しメンとかっている?」

「い、いないよ(いるけどね!)」

「ああ、箱推しするタイプかぁ」

「違うから! どっちでもないよ(どっちでもあるけどね!)」

「まあ、どっちだったとしてもさ。その推しに異性の友達がいるなんて許せないでしょ?」

「そ……それは嫌……だと思うけど」

「そうそう! そういうこと。だから男女の友情は難しいって話をしてるの。最初は友達スタートでもさ、仲良くなると恋愛感情生まれちゃうってこともあるでしょ?」

 『でしょ?』と同意を求められても、そもそも友達のいない僕には答えようがない。

 いやそんなことより、雨宮さんはいったいなんの話をしているのか。

 この瞬間、教室内にいる全員の頭の中に『?』が駆け巡っていただろう。

 しかしその解は、次の長文にて証明されるのだった。

「だから、結局なにが言いたいのかというと、鈴木くんはさ、私がいじめのことでなにを聞いても本当のことは言えないでしょ? いや、これは責めてるんじゃないからね。君の立場上、仕方のないことだと思ってるから。でも、だからってさぁ。私がこいつらから無理矢理に君を奪って、代わりに友達になるっていうのも難しいわけ。それは今説明したように、私が男子と友達になるっていうのがそもそも無理そうだから。なのにそんな私が、これ以上無責任なことはできないぞ! ってことを言いたかったの。わかるかなぁ」

「ま、まぁ、なんとなくだけど、わかった気がする……かな。僕を助けるためには友達になった方がいいけど、男女で友達になるのは難しいから、どうしようかって話だよね……」

「そうだよ! 私のヘタっぴな説明でよくわかったね! 鈴木くんって賢いんだぁ!」

「い、いや、そんなことない……って、もうわかったから離れてよ!」

「あぁ、ごめんね。それでさぁ――」


(僕の話、全然聞いて無いし……ん? そう言えば同級生の女子とこうやって会話したのって、いつぶりだろう。中学のときに同じ図書委員だった女子と話したことがあったような気もするけど、それもいつだったのか思い出せないくらい昔のことだ。いつもなら、女子に話しかけられても緊張して会話にならないのに。なぜだろう。雨宮さんとは普通に会話ができてるし。不思議な人だな。ちょっと怖い人かと思ってたけど、なんだか話し易い。雨宮さんは無理だと言ってるけど……。本当に友達になれたら――)


「ねぇ、聞いてる?!」

「き、聞いてます!」

「だからね。今の私にできることってなんだろうって思ったの。友達になる以外で、君をこいつらの魔の手から解放する方法。なにがあると思う?」

「……わ、わからないよ。僕に聞かれても――」

「あ、金銭的なものは駄目ね。そんなのおかしいし。絶対嫌だし。それに……先生や警察に言っても厳しいよね。鈴木くんが証言できないんじゃ、誰も信じてくれないし。んじゃ、やっぱもう……あれしかないじゃん」

「……え? あれってなに?」

「ごめんね、鈴木くん。私、今からちょっと駄目なことするよ」

「な、なに……かな」

「それはね……。これよ!」


 ――その直後だった。僕はとんでもない光景を目にすることになる。

 なぜ彼女が僕のためにそこまでしたのか、誰もが理解に苦しんだに違いない。

 誰一人として予想できなかった行動。それは――。

 暴力。

 見事なまでの暴力であった。

 なんと彼女は振り向くと同時、その回転力をうまく使って、リーダー格の男子の顔面を激しく殴りつけたのだ。

 それは顔面の中心。鼻が奥にめり込んだんじゃないかと心配になるほどの綺麗なストレートパンチが炸裂し、彼は鼻から血しぶきをあげながら後方に吹っ飛んでしまった――。


 宙に舞う上履き、倒れる机、女子の悲鳴、駆け寄る男子。

 暴力は駄目なことだとわかってる。皆は最低だと非難するかもしれない。

 でもそのとき、頼もしい彼女の背中を見た僕は、胸が高鳴るのを感じたんだ。

 その光景、衝撃、驚きと感動で震えたこの瞬間を、僕は一生忘れないだろう。

 それは――本当に彼女と友達になりたい――純粋にそう思えた瞬間だったんだ。

 しかし……それはすぐに叶えられない願いへと変わる。

 なぜなら、複数の教師に囲まれて教室から連れ出された雨宮さんは、そのまま停学処分となってしまったからだ。

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