#34 一等星
残り1週間。これが一体、何の数字を示しているのか。それは私、
そして、今日は3周年当日に行なうLIVE配信を告知する生配信の為に東京に来た私は、更に兄の
私はローテーブルに置かれたノートパソコンで途中になっていた動画編集を終えて、敷きっぱなしにしている布団に横たわる。ひと休憩しようと思って目を閉じたが、だんだんと眠たくなってきた。
しかし、明日は1日収録がある為、今の内に次回からプレイ予定のゲーム配信のサムネイルを作っておかなければならない。
私は重い腰を上げて立ち上がると、欠伸をしながら上に手を伸ばす。これは、睡魔から遠ざける為にも体を動かした方が良いかもしれない。短く息を吐いて手を元の位置に戻すと、兄の仕事部屋だった筈なのに、すっかり私専用の部屋になりつつある場所から出て、リビングに向かった。
廊下を通ってドアを開けると、そこにはソファーに座って台本チェックをしている彼の姿があった。
そして、こちらに向かってくる足音に気付いた兄は台本を閉じて私の方を見ながら、不思議そうに話し掛けてきた。
「ん、どした」
「いや別に。作業しようと思ってたんだけど、ちょっと眠たくなってきて。脳働かせる為に歩こうかなって」
「そっか。なら、一緒に散歩でも、って思ったけど、もう遅い時間だし、あんま外に出したくないな……そうだ。眠気覚ましに互いの近況でも話すか。最近忙しくて話す時間も無かったし、いいだろ」
そう言ってソファーから腰を上げた兄は、キッチンがある方向に歩いていった。
少しして持ってきたマグカップには、いつものホットミルクだけでは無く、もう1つ。透明なワイングラスの中で、鮮やかな赤の液体に目を奪われてしまう。
「明日も仕事あるんじゃない? お酒飲んでもいいの?」
「大丈夫。明日は午後からだけだし、この1杯だけにしておくから。じゃ、乾杯」
有無を言わせず、こちらに差し出されたグラスに私は諦めて手元にあるマグカップをこつん、とぶつけた。
液体を口の中に流し込んで、体内に温もりが広がっていくのを感じていると、既にひと口程しか中身が残っていないグラスを手に持って、無表情で兄が話し掛けてきた。
「
まるで父親のような質問の切り出し方に思わず笑ってしまいそうになるのを堪えて、私はこれまでの活動について話していくことにした。
振り返れば、VTuberデビューをしてからは、先輩とユニットメンバーの助けもあって、全員がチャンネル登録10万人を達成。そこから、クリスマスイブに初めての3DLIVEイベントを開催し、更に声優としてTechnical Nova-テクニカルノヴァ-に参加するなど多方面で活躍してきた。
そして、ユニットとして忘れられないのは、1つの分岐点となった夏樹の卒業。とは言え、彼は1年後、奇跡の復活を遂げる訳だが、これはユニットの絆が深まる印象的な出来事となった。また、彼の影響でユニット活動が休止していた間は個人活動に集中し、自身がやりたいことに向き合うことが出来た。
宮秋玲は、当初から宣言していた声優としての活動にシフトチェンジ。現在は実写の姿も公開しており、バーチャル関係無く、声優としても評価されている。VTuberとしては自身のチャンネルに月に1本、朗読やASMRといったコンテンツを配信している。
春風日向は、夏樹が卒業してから、服飾関係の専門学校に通い始めた。引き続き自身の好きを極めつつ、配信に活かす為に現在も配信活動と並行して行なっている。また、前に雑談していた時には、無事に学校を卒業したら、久しぶりにダンス大会に出場してみたいと言っていた彼の向上心を本当に尊敬している。
そして、復帰した天倉夏樹は、これまでの時間を取り戻すようにゲーム実況を中心とした配信活動に打ち込んでいて、更に復帰早々、ソロラジオが決まったりなど順調に活動している。
かく言う私はというと、今はクリエイト方面を頑張っている。夏樹の卒業をきっかけに活動を休んだ私は、更なる技術の向上を目指して、現役でフリーのイラストレーターをしている母からアドバイスを貰いつつ、独学で絵の勉強を始めた。また、その間もプロジェクトメンバーの歌動画やグッズのイラストを担当させてもらったことにより、経験値は確実に積み重なっている。そして、この経験を活かして、いつかクリエイターとして認めてもらうことが私の新たな夢だ。
しかしながら、このような夢が出来たきっかけをくれた霜月遥を忘れてはならない。そもそもオーディションを受ける為に東京に来て、兄と食事を共にしていなかったら、私はこの場におらず、ずっと暗闇を彷徨っていたと思う。
それからは兄妹ラジオが始まり、初めての公開収録やイベント、ユニットも結成して兄との距離は大きく縮まった。
まさに怒涛の3年間。初めてのことばかりで疲れる時もあったが、それ以上のやり甲斐を感じながら楽しく活動出来たのも、日々活動を支えてくれているスタッフさん、尊敬する先輩方、大切なユニットメンバーのお陰だ。
そんな順風満帆に見える活動の中、現在、私には1つの悩みがある。それは……
「──時間が足りないんだよね。
仕事を貰えるのは嬉しいし、配信者としてももっと配信したいとは思ってるけど、この両方を叶えるには限界を感じてて。
じゃ、その中で削れる部分があるとしたら、何だろうって考えたら、移動時間だってことに行き着いてさ。だから、私。上京して、1人暮らしを始めてみようと思ってる」
私は良い機会だと思って、ソファーに座ったまま体を兄の方に向けて、密かな計画を打ち明けた。
配信は何処にいても出来ることが特徴だ。だがしかし、スタジオでしか出来ない案件やボイス収録となったら、話は違う。それに最近は声優の仕事や東京での稼働も増えており、その度に実家から東京に向かうことになる為、お金がかなり大変なことになっているのだ。
また、デビューして1周年を迎えるまでは、収録の日を連日にしてもらうことでホテル泊を最低限にしていたが、最近はスケジュール調整が難しく、日帰りで地元と東京を行ったり来たりする生活を送っている。
その結果、明らかに疲れた顔をしている私を見かねて、兄が無償で家に泊めてくれることが増えたのだ。やはり持つべきは心優しい兄。というか、よくこの生活を3年も続けてこれたものだ。
「だけど、初めてのひとり暮らしが不安で。お兄ちゃんにアドバイスをもらいたいんだけど」
1人暮らしの先輩でもある兄ならば、きっと、ためになる話を聞けるだろう。そう期待を込めた瞳で見上げると、遥はスッと口元を片手で隠し、目線を逸らしてしまった。暫く考え込むような仕草をしてから、咳払いと共に唇に触れていた手を離して、こちらに目線を合わせた。
そして、至って真面目な表情で告げてきたのは、予想外の言葉であった。
「──だったらさ、一緒に住まない?」
兄からの衝撃の提案に驚いて、そのままの姿勢で固まってしまい、2人の間には沈黙が流れる。少しして冷静さを取り戻した私は、状況を整理しようと試みるが、口からは「えっと」と何度も言葉を繰り返してしまうだけだ。
その様子を見た兄は「あー。ごめん」と言って、申し訳なさそうに目を伏せたまま、謝ってきた。
「実はさ、知ってたんだ。冬羽が上京するかもって話。母さんから連絡来てて。俺が一緒なら安心するし、冬羽のこと頼めないか、って」
「それは仕方なくということじゃ……」
「そうじゃなくて。俺もその方が安心するから。一応、東京にいる間は冬羽の保護者みたいなもんだし。っていうか、そもそも、お前の兄ちゃんだから、大いに頼ってもらって結構。
だからさ、冬羽が嫌じゃなければ。どう?」
そう言って、兄は相変わらず表情が読み取り辛い無愛想な顔で、じっと見つめてくる。
兄には絶対言えないが、こういう時にこそ相手の状況を気遣って、もう少し柔らかな表情が出来ていたら、兄はモテていたんだろうなー、と思いつつ、私は口元を緩ませながら答えた。
「分かった」
「……え。マジで。本当に?」
「そういう反応されると、こっちもどうすればいいのか分からないんだけど」
「違う。何か質問してくると思ってたから、拍子抜けした……そっか。ん、良かった」
そう言ってグラスを持った兄は、最後の1口を呑み干す。
テーブルに置く際、コンッと爪がガラスに当たったようで、音に反応して顔を上げると、ほんのりと兄の顔が紅く色付いているように見えた。
「もう無いや。思ってたより、全然呑めるな」
「え、そのくらいにしときなよ。明日、午後から仕事あるんでしょ」
「あ。すっかり抜けてた。ありがとー、冬羽」
わざとらしく、いつにも増して穏やかな口調で話す兄は、大きく両手を広げて、隣に座る私に抱きついてきた。
「う〜。お兄ちゃん、そういうの面倒くさいから止めて。酒臭いの移るじゃん」
あっという間に背中まで腕を回されて、ガッチリとホールドされた私は、彼の腕を引き剥がそうと試みるが、やはり力においても、ちっとも敵わず、中々上手くいかない。
その間に兄はポスッと私の肩に顎を乗せて、不貞腐れたように呟いた。
「はいはい。俺は面倒くさいただの酔っぱらいの兄ちゃんですよー。それに、1杯しか呑んでないので、そこまで臭くないでーす」
「勝手に開き直るな。後、正論言える理性が残ってるなら、さっさと歯を磨いて寝ろ」
「はーい」
いい加減にしろという意味合いも込めて、強めの語気で言うと、観念した兄は腕の拘束を解いて私から離れると、ソファーから「よっこらしょ」と言いながら立ち上がった。
私は、これで自由を取り戻せたとホッとひと息吐いて、すっかりぬるくなってしまったホットミルクを1口飲みながら、ふと思った。
兄が無愛想なのは家族の共通認識として当たり前となっているが、もしかして、これにプラスして、今後は酔っ払い兄ムーブに付き合わなければならないのか、と。勿論、出来るなら、そうならないで欲しいと願いながら、私は洗面所に行った筈の兄がこちらを振り向いたことに気付かず、再びミルクを口に含んだ。
「そういえばさ、話変わるけど、この前あった打ち上げのビンゴ大会で箱根温泉のペアチケット当たったんだよね。今度、一緒に行かない?」
先程とは180度違う驚きに、私は入っていた液体を吐き出しそうになって、慌てて口を両手で押さえる。
やっと平凡な妹から変われたと思っていたが、この調子だと、まだまだ天才の兄には敵わないみたいだ。
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