#8 名も無き声
「
いやー、前回が休止週なのもあって、あっという間だったね。それにサキ的にはラジオだと、より皆んなと繋がってる感じがするし、ここでしか味わえない空気? みたいなのがやっぱり好きだなー、って……あ。お知らせ忘れて、先にフリートークしちゃった。スタッフさん、ごめんなさーい。
うぅ、作家さんも睨み付けないで。今から読むから。ええっと──」
彼女は台本に目を戻し、文字を読み上げる。番組グッズの告知やイベント出演情報、メールフォームなどを知らせると、これで仕事は終わったとばかりに安堵して、息を吐いた。
「間に合った〜。っていうか、早口すぎて時間余っちゃったね。え〜、何話そう。そうだな……」
目を閉じて、丁度良い話題を探していると、脳内に先日の出来事が思い浮かぶ。
この場にぴったりなホットな話題があったじゃないか。これなら残りの尺的にも良いし、リスナーにも楽しんでもらえる筈。
彼女はこの時、そう信じて疑わなかった。
「思い出した。この前、事務所に寄った時に、たまたまデビュー前の新人ちゃんに会ってね。それも、ただの新人ちゃんじゃないよ。
なんと。私の直属の後輩。Project étoile(プロジェクト エトワール)の2期生だったんだ。4人共、まだまだ初々しくてねー。
その中で1人、すっごく楽しみにしてる子がいるんだ。実はその子にはお兄さんがいてね、誰かと言うと……」
サキがまだ話している最中、彼女のマネージャーの顔面は徐々に蒼白になっていく。そして、血相を変えてミキサーに詰め寄った。
「今すぐ桜花の音声を切って下さい!」
何度も頼み込む様子に、ただごとではないと判断したディレクターはマネージャーの指示に従うように伝えると、彼女の言う通りサキの音声はフェードアウトしていく。
その張本人はと言うと、ヘッドフォンから聴こえていた自身の声が音楽で掻き消されてしまったことに疑問を持って、ブースを隔てるガラスの外の様子を窺っていた。
そのままラジオは終了し、完全にサキの音声が切られたことを確認したマネージャーは、真っ先にブースの扉を開ける。大股で彼女の前まで歩いて、仁王立ちするそれは、まさに鬼の形相だ。
「桜花。貴女が今、何をしでかしたか。勿論、分かってるわよね?」
マネージャーの怒りを滲ませる声にサキはビクリと肩を震わせる。
そして、少しでも彼女から逃げたいと、自身が座っているキャスター付きの椅子でゴロゴロと後ろに遠ざかる。コツンと後ろの壁に当たり、サキは引き攣らせた笑顔でマネージャーに問い掛けた。
「もしかしなくても……私。また、何かやらかした?」
サキの怯えるような声と相変わらず純粋無垢な彼女を見たマネージャーは、既に怒りの沸点を通り越していて、怒号を浴びせる気力すら失っていた。
「……もう。貴女のその記憶容量の無さと天然具合は最早、呆れを通り越して溜め息しか出ないわ。あれだけ情報漏洩は気を付けるようにと、一ノ瀬にも言われていたでしょ。
──桜花。今回の件、社長室呼び出しを覚悟をしておきなさい」
サキは「そ、そんなぁ」と呟き、それに対してマネージャーは無言で頷いた。やっと自身が犯した罪に気付いた彼女は、体の力が抜けて椅子から崩れ落ちると、膝を地面につけて、ガックリと項垂れた。
「だって、プロジェクトに仲間が増えるの久しぶりで、嬉しくて……本当にごめんなさい」
マネージャーは彼女の元に歩み寄って、しゃがみ込むと、頭をポンポンとした。
「私も隣で頭下げてあげるから、安心して怒られなさい」
無慈悲な言葉で慰められたサキは、過去にも何度か起こした過ちを思い返しながら、小さな声で「……うぅ、ごめんなさい」と呟くことしか出来なかった。
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