第19話 創世と惨劇

 ブリードは語り始める。

 それは幻楼郷の成立に遡ったものだった。





 それは遥か昔。

 まだ魔族と人間が争うようになって間もない時代。


 人目のつかぬ場所で細々と暮らす魔族たちがいた。

 彼らは少数であったがために縄張り争いに負け、奥へと追いやられてしまった者の集まりであった。


 その誰もが高い魔力を有していたが、争いを好まず、助け合いを美徳とする温厚な者たち。

 それが後に幻想種と呼ばれる魔族たちである。


 彼らが幻楼郷という居場所を得ることになった契機は一人の魔族との出会いである。


 力を持ちながら、それを振るわずに身を引いてきた彼らをその魔族は笑い飛ばした。


「そんな滑稽なことがあるとはな。他人のために自らを生きずらくしては元も子もなかろうが」

「だが、私たちは争いたくはないのだ」

「では泣き寝入りか? 一生他者に追いやられることを選ぶと?」

「それは……」


 言いよどむのは寄せ集めの中でもリーダー的な役割をしていたブリードであった。


 他者を蹴落とすような真似をしたくはない。

 しかし、定住できる居場所も欲しい。


 ブリードの思いは不可能にも等しい我が儘。

 それはブリード自身も分かっていた。

 分かっていたからこそ、はっきりと口にはできなかった。


「……だが。虐げられてもなお争おうとはせぬ、その信念。それはこれからの世に大切なものなのかもしれぬな」


 そう言って、その魔族は懐から出した何かに魔力を込め始める。


「何を……?」

「お主たちがこのまま虐げられ、死んでいくのは惜しい。だからそうならぬような手段を用意しておるのだ」


 やがて魔族から魔力の気配は弱まり、ブリードに何かを手渡してきた。


「これは、我が魔法〈創世ジェネシス〉が封じられている宝珠。それが生むのはあらゆる。お主らが理想の居場所を望むのなら、その原点となるものを与えてくれるだろう。そこからどう発展させていくのかはお主次第だが」

「それが本当なら願ってもないことだ。だが……そんな貴重なものをなぜ私たちに?」


 ブリードの言葉に魔族は少し笑う。

 そして、


「ただの気まぐれだ。気にするな」


 魔族はブリードたちに背を向け、立ち去ろうとする。


「待ってくれ! 行く前に、貴方の名前を教えてくれないか!」


 魔族の足取りは止まらない。

 だが、その背中越しに、


「ヴァレット。ヴァレット・ローン・リスタベルクだ」


 かすかに聞こえた名前。


 どんどん遠ざかっていくヴァレットにブリードは叫ぶ。


「今の私たちにはこの恩に報いることはできない! ……だが! いずれ、貴方が助けを必要とするなら私たちは必ず、必ず力になることを約束する!」


 もう既にヴァレットの姿は粒ほどに小さくなっていた。

 聞こえていたかは分からないが、恩人の名とその約束をブリードは一生忘れないと誓うのだった。




 それから少し時が経ち。




 ブリードたちが作った居場所は徐々に大きくなり、1つの住処として見えるほどになった。

 その住処をブリードたちは幻楼郷と名付けた。


 幻楼郷は住処としては十分なほど発展した。

 しかし、誰にも虐げられない場所という意味では発展途上であった。


 そんな時に起こった出来事。


 幻楼郷に1人の人間が迷い込んだのである。


 初めて来た外部の人間。

 ブリードたちは戸惑った。

 しかし彼らは悪意を持たない温厚な種族であった。

 未知の存在を排することはせず、温かく迎え入れた。


 最初こそ、その人間は感謝していた。

 種族は違えど、友好的な関係を築くことが出来ていた。


 良好な関係はそのまま続くかに思われた。


 しかし、それは脆く崩れ去ってしまうこととなる。


 魔族たちは友人となった人間のために、幻楼郷から出るための道を開いた。


 その道は人間が元の場所に戻るためであり、再び幻楼郷を訪れることが出来るように、という計らいだった。


 人間が帰る日。

 魔族たちは総出で彼の出発を見送った。


 ある者は別れを惜しんで涙を流した。

 ある者はいつか再会できることに期待を膨らませた。


 悲しみはあれど、笑顔に包まれた良き思い出で締めくくられるはずだった。


 人間が幻楼郷を出て、1ヶ月。


 その人間は再び幻楼郷へと戻ってきた。

 自らの仲間を連れて。


 想定外の再会に戸惑うも、笑顔で迎え入れる魔族たち。


 だが次の瞬間、魔族の笑顔は真っ赤に染まっていた。

 抱擁を求めたその身体には深々と刻まれた斬撃の跡。


 なぜ?

 どうして?


 そんな疑問が頭をよぎる間にも無慈悲な暴力は続く。


 振り下ろされる凶刃。

 飛び交う無数の矢。


 悪意を知らぬが故に、目の前の危機から彼らは逃げることしかできなかった。


 人間たちは目に付いた魔族を追い回しては躊躇なく殺していった。

 殺した後は、横たわる亡骸から魔核を引きずり出して回収していく。


 魔族が持つ魔核は第二の心臓とも言われる魔力の精製機関である。

 その魔核を加工することで、魔剣などの魔力を発する武具の材料となる。


 それが人間たちの目的であった。


 魔族の中でも幻楼郷で暮らす幻想種は高出力の魔核を持つ。

 魔核の出力が高ければ高いほど、出来上がる武器は強くなる。

 そのため、幻想種の魔核は最高の材料であったのだ。


 たった1ヶ月の間に何があったのかは分からない。


 ただ、かつて友誼を結んだ人間の目に映るのは友人ではなく。

 自らが力を得るための材料であったのだ。


 虐殺の時間はそう長くは続かなかった。

 というのも、魔族はほぼ無抵抗であったからである。


 満足する量の魔核を確保すると、人間たちは幻楼郷を後にしていった。




 この時、犠牲になったのは幻楼郷全体の約3割。

 その中には我が子を守って死んだエルフの夫婦も含まれていた。


 その子の名はルーシェ。

 ルーシェは人間によくなつき、度々一緒に遊んでいた。


 それ故に今回の件は彼女に大きな闇を落とした。


 大好きだった人に裏切られたこと。

 両親を目の前で殺されたこと。

 迫る危険に自分は守られるしかなかったこと。


 それらが生んだ激情はルーシェを一流の剣士として育て上げた。


 いつか幻楼郷に危機が迫った時、守れるように。

 何より、自分のような思いをする者を二度と出さないように。


 そして、ルーシェと同じく激情に駆られた者がもう一人。



 それこそが、レガノスという魔族であった。

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