第16話 魔王の独白

〈sideヴァレット〉


 1人の少年を見送った後。


「行ったか」


 魔王は誰もいなくなった白い空間でひとりごちる。


 幻楼郷。

 まさかディノが迷い込む羽目になるとは。


 ディノには軽く説明をしたが、全てを話してはいない。

 立ち入れないのは人間だけではない。

 魔族であっても、容易に足を踏み入れることはできない場所だ。


 知る限りでは、外から入った者は10人に満たない。

 そして此度の魔王軍侵攻。

 彼らが温厚な種族であることは変わらないが、今回は状況が違う。

 ましてや人間が侵入したとなれば、かなり警戒されることだろう。


「さて……どうなるかの」


 あれが健在ならヴァレットという名前を出せば、おそらくは問題ないはず。


 ともかく道は示した。

 その道をどう歩くのかはディノ次第だ。


 これから先、この程度の試練は幾度となく訪れるだろう。

 ここで野垂れ死ぬようなら、それまでの人間だったということだ。


 だが、不思議なことに予感があるのだ。


 あの者は、ほんの前まで憧れだけの人間だった。

 モンスターとの絆はあっても、奏者としては半人前ですらない。

 仲間から見捨てられ、死ぬだけの運命。


 それがどうだ。

 助力をしたとはいえ、〈魔武錬成ポーゼライズ〉に〈魔核再製ミスエイト〉まで身につけてみせた。

 これらは知識や魔力だけあっても、習得は難しいスキル。

 モンスターと奏者、双方の信頼がないと出来ないことを成し遂げたのだ。


 そんなディノなら、きっとこの先の苦境も乗り越えられる。

 そう思えてならないのだ。


「弟子を取るとはこういう気持ちか……のぅ、ガーディス」


 ふと無二の友人の名を口にする。


 ガーディス・リーグル。

 友人であり、封剣・夜叉を用いて魔王を封印した張本人。

 人間でありながら、魔を宿す自分と深く関わろうとしてきた珍しい者。

 そして魔に対抗するため大いなる加護を宿す“勇者”でもあった。


 かつてお互いに守るべき者たちのため、死闘を尽くした。

 全てを賭けたガ―ディスとの戦闘。

 命を狙い、狙われる中で、いつしか絆が育まれていた。


 立場は違えど、性格的に合うところもあったのだろう。

 余たちはこれまでに交わした剣の数と同じくらい言葉を交わした。


 奴が奏者の力を見て、教えろとしつこくせがんできたこともあったか。

 子供のような我が儘を言うこともあれば、全てを見抜いたような鋭い発言をすることもある。

 掴みどころのない、よく分からない奴だった。


 脳裏には遥か昔の記憶が蘇ってくる。


 そんなガーディスも歳を取り、後任の育成を担うようになる。

 封印した後も封剣の前に訪れ、手のかかる弟子の愚痴をこぼしていったものだ。


 “聞けよ、ヴァレット! レイスの野郎がな……”

 “アイツ! もう我慢ならねえ! 絶対に次ぶっ飛ばしてやる!”

 “ヴァレット、ヴァレット! やったぞ! レイスが剣術大会で優勝したんだ! さすが俺の弟子だよなぁ!”


 ……愚痴の中にはガーディスの弟子自慢も少し入っていたか。


 懐かしい記憶を辿ると、色々な情景が浮かんでくる。


 それから数えきれないくらいの時が流れたが、ガーディスの血筋はどうなったのだろうか。

 “勇者”は魔王に対抗するための存在。

 いわば魔王と勇者は対の存在となっている。

 魔王がいる限り、継承され続けるはずだ。


 この先、ディノが冒険を続けていれば、いずれ出会うこともあるだろう。


 まあ何にせよ、今は目の前のことだ。


 魔王として生きた中で、弟子を志願する者はごまんといた。

 皆、力を求めるばかりで本質を捉えられず、挫折していったが。

 

 奏者も忘れ去られる存在となり、もはや廃れるだけかと思っていた。

 そんな中で出会ったのが、ディノだった。


 できれば、奏者として大成して欲しいものだ。


「道は険しいがな。さらに越えてみせよ、ディノ・ブレース」


 この言葉は誰に届く訳でもない。

 それでも言葉にせずにはいられなかった。


 冒険はまだまだ続いていく。

 1人の少年に魔王の思いを乗せて。

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