第1章 ステイル遺跡編

第5話 遺跡の街

 モンスターテイマー改め、奏者としての再出発。


 僕はステイルという街に来ていた。


 ここは元々魔王が統べる魔国ディアロスの領土であったが、最近占領に成功したらしい。

 元魔国領であるため、当然隣接しているのは魔国領。紛れもない最前線である。


 最前線に僕のような初級冒険者が入ることができた理由はこの街にある遺跡にあった。




 数日前。


 僕は修行を終えて、近くの街で今後の方針を考えていた。

 考えていたと言っても、建設的に話が進んでいた訳じゃない。

 行き先に当てもなく、ただボーっと考えていただけだ。


 ほとほと困り果てていたところにある話を聞いたのである。


 それは最近の魔王軍との戦況の話。


 これまで防戦一方だった人間側がギルド主導で冒険者を集め、攻勢に出たらしい。

 その結果、ステイルという街を攻め落とし、占領することに成功した。

 だが、そこで問題が生じていたのである。



 ステイルにあった遺跡は高度にダンジョン化しており、上級冒険者が総出で調査しているが、進捗が芳しくなかった。


 このダンジョン化というのが非常に厄介だった。


 ダンジョン化した場所は入る度に地形が変化する。

 さらに一部の階層には階層主として強力なモンスターが配置される。

 階層主を倒すことによって、それまで通過してきた階層の地形が固定されるが、逆に言えば階層主を倒さなければ、マッピングデータが無に帰す可能性がある。

 そのため、調査にはかなりの時間を要するのである。


 しかし。

 上級冒険者は対魔王軍の要。いつまでも調査においておく訳にもいかない。

 そこで、これまでに危険なトラップやモンスターの存在も確認されていないこともあり、中級、初級の冒険者にも調査への参加を募ることとなったのだ。


 これらの話を聞いて、改めて考えた。


 僕の目的。

 奏者として成長し、もっと強くなる。

 昔見たおとぎ話の奏者への憧れは自分の原点だ。


 それにもう一つ。

 ヴァレットともう一度会う。

 会って、もっとちゃんと話をしたい。

 そして叶うなら、一緒に冒険をしたい。


 それを叶えるためには僕はもっと先に進まないとないといけない。


 その上で未知のダンジョンという環境は良い成長のきっかけになるかもしれないと思った。

 加えて言うなら、元々魔国領であるこの地にはもしかするとヴァレットに辿り着くための何かがあるかもしれない。


 そんな一抹の期待も込めて、僕は遺跡の調査隊に応募した。


 そして、ステイルへと踏み入れた今。


 街の入り口から見える街の風景は殺風景なものだった。

 視界にある建物はほとんどが倒壊しており、その面影を残しているものは少ない。


 人の通りもまばらで、すれ違うのは僕と同じように武器を携えた冒険者か軍服を纏った軍人くらいのものだ。

 街全体の空気感もどこか張りつめているようにすら感じる。


 これが最前線ということなのだろうか。


 前に滞在していた街はわずかだとしても活気があり、ありふれた日常のような空気があった。


 ここはそれとはまるで違う。


 自分が今までどれだけ安全なところで過ごしていたか実感させられるようだった。


 荒れ果てた街並みを横目に街の中へと進んでいく。


 すると、奥の方に即席で建てられたテントが一つ見えてきた。

 その前には人がずらりと並んでいる。


 さらにテントに近づくと、調査志願者受付の文字が見えた。

 ここで志願者の確認をしているようだ。


 僕もその列に並ぶ。


 列からはいかにも屈強そうな男や見るからに値の張る装備に身を包んでいる者がちらほら見受けられる。

 おそらくは中級か上級の冒険者だ。


 僕のような初級はどれだけいるだろう。

 もしかしたら、僕だけかもしれない。

 良くない弱気の虫が騒ぎ出す。


 いやいや、そんなことではダメだ。

 ここまで来て弱気になるなどとんだ腰抜けである。


 パシッと両頬を叩き、喝を入れる。


「あの、大丈夫ですか」

「え?」


 顔を上げた先には受付嬢が気まずそうにしている。

 列は意外にもスムーズに消化されていたようで。

 もう僕の番が回ってきていた。


「あ、す、すいません......」


 消え入りそうな声で前へと進む。


「今回は志願いただきありがとうございます。お名前を伺ってもよろしいでしょうか」

「あ、はい。ディノ・ブレースです」

「ディノさんですね。ギルドカードはお持ちですか?」

「はい。どうぞ」


 受付嬢は僕からギルドカードを受け取り、手慣れた操作で目の前のウインドウを操作していく。


「ディノ・ブレースさん。初級冒険者ですね。職業は……えっと、モンスターテイマーでお間違いないですか?」


 受付嬢の顔が少し曇ったように見えた。

 初級だからか、あるいは最弱と言われるモンスターテイマーだからか。

 表情の変化はごく僅かだった。

 それでも思い当たる節があれば、些細なことでさえも気づいてしまうから困りものである。


「はい、そうです」


 僕はドキッと跳ねる心臓を抑えて、普通に答えた。


「そ、そうですか。ではこちら、遺跡の通行証になります。それと一点、この調査でいかなる損害を被ったとしても自己責任となりますので、ご注意ください。それではお気を付けて」


 一枚のカードを渡され、奥へと通される。


 あれあれ。

 あっさり通されたことに少し拍子抜けする。

 てっきり外されるものと思っていた。


 募集の紙には冒険者のランクは問わずと確かに書かれていた。

 だが、本当に初級でも入れるのかはちょっと怪しんでいた。

 そして今の受付嬢の反応だ。

 やはりと思ってしまったが。



 まあ何はともあれ、弾かれずに済んでよかった。


 受付の奥では、調査の開始を待つ冒険者たちがそれぞれの時間を過ごしていた。


 他の冒険者と話している者、武器の手入れをしている者、ただ座って待っているだけの者、さまざまだ。


 やはり皆装備はしっかりしている。

 だが僕と似た格好の冒険者も少しだが見受けられた。

 それを見て、ちょっとだけ安心してしまう。


 やはりまだまだ僕は変わらないなぁ。

 そんなことを思ってしまった。


 ともかく。

 これが再スタートを切ってから、初めての冒険になる。

 僕も出来るだけの準備はしておきたい。


 待機場所の脇に腰掛け、今一度装備を確認することにした。

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