第2話 暗記米で模試に挑む

「なぁ、この暗記米ってウンコ出したら全部忘れちゃうってことはないだろうな」


 俺は、試験範囲の参考書に片っ端から暗記米を塗りたくりながらキャシーに質問を投げかける。せっかく苦労して食べたのに、記憶を下水に流すわけにはいかない。


「未熟な錬金術師の錬金した暗記米ならそういうこともあるけど、私レベルになると大丈夫よ! 安心して食べて」

「そうか、安心したよ。優秀なんだな。キャシーは」

「錬金術師として今の地位に上り詰めるのは……ああ、苦しい修行時代でした」


 ***

 これは、キャシーの修行時代の話である。

 西暦換算三〇四〇年、代々錬金術師の最高峰である高位錬金術師の家系に生まれたキャシー。

 七歳になったら入学する初等錬金術師学園の特別クラスに選別され、通常の生徒とは異なる修行の日々を過ごしていた。


「カサンドラ! スピードをキープしろ! 苦しい顔をするな」


 教師の罵声と怒号が響きわたる教室には、生徒の多くが床に倒れている。


「新記録だ! すごいぞ! カサンドラ! 弱音を吐いても米吐くな」

 

 初等錬金術師学園時代に打ち立てた、暗記米大食い大会の記録から『生きる錬金術書』の称号を得たのだった。


 ***


「本当に苦しい修行時代でした……」

「腹が苦しい修行ぉぉ!」

「そんな、暗記米マイスターの私から、イサムくんにを授けよう」


 キャシーは色とりどりの袋を数枚、バラバラっと放った。


「暗記の効果を強める秘薬か何かか?」

「ふりかけです」

「永谷園んー! ありがたいぃ」


 普通に暗記するのも辛いけど、食べるのも辛いものだ。これも、今までサボってきたツケだ。俺は、色ごとに味の違う「ふりかけ」のおかげで、なんとか半分以上を暗記した。


「今日は徹夜で暗記米を食べ続けることになりそうね」

「ああ、覚えるより圧倒的に早いからな。お前の修行時代の苦しみに共感するぜ」

「うむうむ。良い心がけだね」

「ローマは一合にしてならずってな」

「頭の良さそうな馬鹿発言ね……」

 

 暗記米との戦いは深夜も続いた。


「うう、辛い……お米が一粒、お米が二粒」


 気づけば、夜も明けていた。


 「お米が四万八千六三七八粒……お米が四万八千六三七九粒」


「おはよう。まだ暗記米たべてるの? やるわね。あ、そこらへんに暗記米を炊く時に出た研ぎ汁を置きっぱなしにしちゃったけど、絶対飲まないでね。もし、研ぎ汁を飲でしまうと……」


「お米が四万八千六三八〇粒ゴフッ。ゴホゴホ、っく、苦しい……水」

「ごくごくごくごく。……はぁ。死ぬかと思った」


「わっ、まずっ! 研ぎ汁かよ!」


「あ……」

「キャ、キャシーさん。研ぎ汁飲んじゃいましたけど。もしかして全部忘れるとか……」

「もっと厄介かもしれないわ。研ぎ汁が暗記米と反応して、記憶が……混じるの」

「なんだと、そうなれば、故(ユエ)にan=初項+公差(n-1)なり。んがーー」


「あはは、いい感じに数学と漢文が混じってるぅぅ。あはは」

「んがーーー! いとおかしぃぃぃ」

 

「こうなったら、記憶を消す薬を錬金するすかなさそうね」

「もう、模試に行かねばはんぞうは等差数列をΣで表すことにより……行って参るGO」


 頭の中がパニックだ。全ての教科の内容が混ざり合い、汚れた濁流のように脳内に流れ込んでくる。予備校までの道のりすらも他の記憶と混ざり、何度も間違えてしまった。

 それでもなんとか、模試の開始時間には間に合ったが、その内容は散々なものであった。


 【数学】

問:等差数列の一般項を求めよ

答:いにしえより伝わりし公差の心を知らば、末項も自ずと明らかなるべし

 

【古文】

問:下記の『徒然草』の一文を現代語訳をせよ

答:兼好法師の心情をΣで表すと、無限級数に収束す

 

 見事に全科目でE判定確実な俺の答案を見た予備校の講師に呼び出される。

 

「手塚、お前、ついに受験を諦めたのか?」

「申し訳ございません。実は未来から来たりし錬金術師に暗記米なるΩを……」

「もういい。そんな態度ならば、君の親御さんに連絡するしかないな」

「ややっ! 待たれよ御老公! 拙者、ただちに切腹仕る所存に候!」

「なんだ、なにを言っているんだ! キミ怖いよ。い、手塚くん。親御さんに連絡しないから帰ってやすみなさい」


 俺は、肩を落として家路につく。今回の模試は絶望的だったが、なんとか親への連絡は免れた。今後は一夜食いじゃなく、真面目に時間を掛けて暗記米を食べよう。

 俺の大学合格への決心はより固くなった。


「あ、イサムくん、おかえり。模試はどうだった?」

「ああ、『明月記』における月の出は、級数で表すと拙者、めでたく正気に戻られ候」

「どうやらダメだったようね。ごちゃ混ぜになった記憶を消す薬を錬金するわ」


 キャシーは一度、暗記米を錬成し、研ぎ汁とふりかけを混ぜ合わせて錬成陣の中心に置く。

 彼女の作り出す錬成陣は、昨日と変わらず綺麗で幻想的な光景だった。

 

「できたわよ。これを一気に飲み干して」

「ゴクッゴクッ」

「ど、どう?」

 

「あれれ〜? おっかしいぞぉ〜。お姉ちゃん誰ぇ?」

「あーん! 記憶を消しすぎちゃったぁぁ」


 後で判明したことだが、ふりかけは不要だったみたいである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る