第28話 謎の声
アレシアが待っている宿に走って帰る途中、耳に届いた足音。誰かが追いかけてくる。人数は分からないが早く戻らねば。何をされるか分からない。誰かが私を狙っている。後ろを振り返りたいがそんな余裕もない。
何故私を狙う。元の世界で狙われるのは仕方ないとしても、ここで誰かの恨みを買ったことはない。
あと少しで宿に着くというのに肺が重い。足のすねの内側が痛くなってきた。
「逃がさんぞ」
宿の入り口に入る直前で誰かが私の前に立った。勢い余って目の前の人物に顔面ごと突っ込んでしまったが、声からして男の言葉の通り、逃げられないように腕を掴まれた。怒りが込められているのか、腕を掴む力が強い。
「だ、だれ? なんで、ぼくをねらうの」
この体になって初めて全速力で走ったからか、息が途切れる。それに対して、目の前の人物は平気そうだ。
「恨みを買ったんだよ、お前は」
「いたいよ、はなして」
そう言いながら更に力を込めて来た。子供の柔らかい骨では折れてしまう。痛みに耐えながらもなんとか
私が男の手を剥がそうとしている間に、目の前の男が腰から何かを取り出してきた。
微かに水の音がする。ポーションとやらの類かもしれない。中身は何か分からないが、近づけてはいけない気がする。抵抗しようにも力は男の方が強い。震える真似をしながら誰かが来るのを待つしかない。
「やだ! だれかたすけて!」
「騒ぐんじゃねぇ」
指で私の頬を挟み、ポーションを近づけてくる。とんでもない匂いがする。腐った卵のような。何を飲ませる気だ。
無理矢理口の中に入れられ、顔を上に向けさせられて何かが喉にまで流れてくる。
吐き出したい。気持ち悪い。くらくらする。
「げほ……」
体内に入った途端に足に力が入らなくなった。視界がぼやける上に、鼻の奥が鉄臭い。
「お前のことが相当気に入らないみたいだぜ」
そう言って男が離れていく足音が聞こえる。もう何も見えない。ただただ苦しいのが続く。
寒い。
痛い。
頭が重い。
「だ、れか……」
声が出ない。
体が熱い。
眠たい。けど眠れない。
『可哀想になぁ。恨みを買って死にかけているではないか』
だれだ。
『よく思い出せ。お前はそれを知っているはずだぞ?』
いせかいのどくなんて。
『いいや、この世界の毒ではない。お前の世界の毒だ』
わたしの……?
『お前の世界に毒はどれほどあった』
かいぶつ……しょくぶつ……じんこう……。
『その毒は怪物から作られている』
かいぶつ……。ばじりすく、かとぶれぱす。
『その2つで戦ったことがある奴はどいつだ』
カトブレパス。
『正解だ。後はお前の体に適応させるだけだな』
一体、お前は誰なんだ。何故私にここまで優しくする。
『ふっ。ただお前を応援しているだけだ。興味でな』
そう言って脳内に響いていた声が消えた。さきほどまで重かった頭が少しだけ軽い。
カトブレパスならば知っている。目を閉じ、1分呼吸を止める。戦う時と対処法は同じだ。毒に侵された状態での1分はきついが、体に毒を慣れさせるためだ。そうすれば今の状態から元に戻る。
今まで毒をもつ怪物や植物を体内に入れてきた。戦闘で不利にならない為に。今も同じようにやればいい。
「っはぁ!」
「アーロ君!」
アレシア? 他にもギルドマスターやユルリカが私を心配そうに見下ろしている。それに、場所も変わっている。宿の近くで倒れたはずが、いつのまにかギルド内にいた。毒に適応している間に移動したのか?
「大丈夫? 昨日帰って来なくて心配して外に出たら宿の外で倒れてたから」
「うん、平気」
「すごい熱だったし、途中で吐いてたからギルドに移動させたんだけど、何が遭ったの?」
昨日のことは言うべきだな。暗すぎて男の顔がわからなかったが、受付の顔は覚えている。
「アレシアお姉ちゃんは知ってると思うけど、昨日受付さんが来て、必死な顔しながら付いてきてって言って、ついていったんだけど、目的地を言ってくれなかったの。そしてそれが、僕怪しいなってアレシアお姉ちゃんがいる宿に戻ろうって思って走って帰ろうとしたらいっぱい誰かが追いかけてきて、男が変なポーションを僕に飲ませたの。それから苦しくなっちゃって気づいたらここにいた」
そして謎の声のお陰で毒に適応出来た。私を応援していると言っていたが、いったい何者だったんだ? ここにきたばかりでしかも、冒険者にすらなっていない私を応援するなんて。
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