第24話 ずるい男
演舞の授業も二か月目に入った。
大体どの組も振り付けは決まってきて、先生に見てもらって助言を貰ったりし始めている。
――あ、次は
蒼蘭と俊華の組は、とっくに振り付けができているが、そこで終わらず、日が進むにつれて更に難易度の高い技を取り入れたりと、常に進化し続けている。
いつも二人が舞いだすと、全員の動きが止まり、視線が集中する。
そして二人が舞い終わった後、十分な時間余韻に浸ってから、皆が拍手喝さいを送るのだ。
既に嫉妬も湧かなかった。
「今期は自分から演舞の授業をリタイアする生徒がチラホラいるらしいな」
「……やっぱり?」
梓翔の言葉に、しみじみと頷く。私も「あの人の顔、最近見かけないな」ということがあるとは思っていた。
武術の授業は必修科目。
いつか免状を取らなければ絶対に卒業できないのに、途中で自ら授業を辞めてしまうなんて、よほどの理由があるのだろう。
「蒼蘭と俊華の組を見て、自信を無くすんだって」
「ええ!? あの二人と比べても仕方がないのに。もう仙人レベルだと思うよ」
「そうだな。先生もあの二人の演舞はもう仙人に引けを取らないって言ってたし」
梓翔とダラダラと雑談する。
比べても仕方ないなどと偉そうなことを言っておきながら、蒼蘭と俊華のあの芸術的な演武を見た後、すぐに自分たちの練習に入る気分にはなれなかった。
「私たちは、まだまだ素人が練習しましたって感じだよね」
「まあ実際そうだからな。『木』の授業のおかげで仙気が使えるようになってきた分、体力は底上げされている感じはあるけど」
桃の木のおかげで、仙気の循環は日に日に量が増え、扱いが上手になっている自覚はある。
そうして使える仙気の量が増えていくことで、徐々に体が仙人に作り替えられていくのだ。
仙人になれば普通の人間よりも強く、丈夫になる。蒼蘭のように。
「さて。振り付けはこんなもんで良いか。レベルを低く設定しすぎても仕方がない。今の俺たちの実力よりも少し高難度の技を取り入れた、でも基本的な型の振り付けだ」
演舞も武術も素人だった私たちだが、座学の勉強には自信がある。
資料庫に籠り、今までの演舞の記録を漁り、基本的な振り付けをなぞり、更に少しだけ挑戦の型を加えた、ガチガチに計算しつくされた振りが完成していた。
努力でここまで這い上がってきた私たちに相応しい、良い出来の振り付けだと思う。
「うん。バッチリだと思う。基本大事!」
「だよな! さあ、次は、何をする?」
振り付けが決まったら次にどうするか?
「そんなの決まっているじゃない。出来るまで練習し続けるのよ! 何度でもね」
「そうこなくちゃ!」
私たちは天才じゃない。
そうして県の学校から推薦をもらった者だけが大学の入学試験を受けられる。
今私たちは大学にいるけれど、そもそも私たち二人とも、郷の学校に入ってすぐに挫折していたくらいなのだから。
それでもここまで来た。他にも天才は山ほどいたけれど、郷の学校に一緒に通っていた生徒の中で、今大学まできているのは梓翔と私の二人だけだ。
ここまできた方法はただ一つ。できるまでやり続ける。何度でも。
「ふふふ。私、梓翔が相方で良かった!」
蒼蘭と俊華の舞を見て、諦めるような人じゃなくて。一緒に何度でも練習してくれる人で、良かった。
「おう、俺もだ。……お前に会えて良かったよ」
*****
「やあ翠! 元気そうだねぇ」
演舞の授業の後、俊華に呼び止められた。
「……やあ、俊華」
考えてみれば怪我をさせられて以来、正式な謝罪を受けていない。そのままなし崩しになっていることに対して、俊華にはモヤモヤとした気持ちが残っていた。
「あのさ、僕と蒼蘭って、息ピッタリだと思わない? 本当に、運命かっていうくらい。一緒に舞っていると本当に気持ちが良いんだ!」
「そうなんだ」
何が言いたいんだろう。私と組んでいた時とは違うとでも言いたいのか。
ついついそんな、後ろ向きなことを考えてしまう。
「それでさ、相談なんだけど。僕と翠の部屋、交換しない?」
「へ、なんで?」
なぜ演舞の話から、部屋の交換の話になるのか。話題が唐突すぎて、本気で間抜けな声が出てしまった。
「蒼蘭も僕も、武術だけじゃなくて座学も仙術も得意だしさ、これだけ息ピッタリなんだもの。部屋も同じの方が何かと便利で良いと思うんだ。ホラ、実力が釣り合わない者同士が一緒にいたら、悲惨でしょ?」
「……自分で蒼蘭に、一緒の部屋になろうって誘ってみたら? 蒼蘭が代わりたいと言うなら、僕は代わっていいよ」
もしも蒼蘭が部屋を代わりたがっているのなら仕方がない。傍から見ていても息ピッタリだと思うし、他の科目もレベルが釣り合っていることも確かだろう。
交代するなら、その時は私は梓翔と同じ部屋になれるよう、また他の生徒に頼むしかないけれど。
「それが蒼蘭からは、断られちゃって」
「……じゃあ諦めたら?」
「違うよ! 蒼蘭は優しいから、本当は翠とじゃなくて僕と同じ部屋がよくても、気を遣って言えないと思うんだ。だから翠から申し出て……」
「断る」
バカバカしくなって、話しにならなくて。俊華の言葉を遮り、次の授業へと歩き出す。
「えー、なんで」
まだ何かを言おうとする俊華に、最後に振り向いた。
「あまり人をバカにするな!!」
大きな声でキッパリとそう言うと、俊華はまるで驚いたように、無防備に傷ついたような顔をした。
「俊華は失礼だ! ずるい! もう僕に係わらないでくれ!」
それだけ言うと、あとは振り返らずに、私は次の授業へと向かったのだった。
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