第12話 余計なおせっかい

「だから?」

「えっと、だから……思いっきり、桃の木に仙気を注ぎ込んだら、今すぐにでも体調が良くなると思うんだ」

「おい、あんた俺の木が失敗しているって、なんで決めつけているんだ? 失礼じゃないか」

「あ……確かにそうだね。ごめんなさい」

「ふざけるなよ」


 朝餉を食べ終わり、まずは一番体調が悪そうな人、飛宇ひうという生徒に声を掛けて説明をした。


「俺は風邪気味なだけなんだよ! なんなんだよお前は! 大して成績もよくないくせに偉そうに。大体……」

「そこまでにしておけ」


 突然怒鳴られてしまい、驚いてただ固まっていたら、蒼蘭そうらんが相手との間に入って止めてくれた。

 恐る恐る顔を上げる。

 怒鳴っていた生徒は蒼蘭に冷たく睨まれ、少したじろいだようだった。


「ッチ。お前らのせいで、気分が悪くなった」

 そう言うと、その人はほとんど食べていない朝食のお盆を持ち上げて、片付けにいってしまう。


「飛宇、本当にゴメン! きちんと確認せずに話しちゃって」

「うるせー!」


 後姿にまた謝るけれど、もう振り返ることもなく、食堂を出て行ってしまう。



 食堂中が、凍り付いたように静かになっていた。

 とても次の人に、教えにいけるような雰囲気ではない。


「翠、気にするな」

「……うん。ありがとう」


 ショックだった。まさかあれほど怒られるなんて、全く予想していなかった。

 『教えてくれてありがとう! 助かったよ』って言われるって、心のどこかで思っていた。


「まだ他の奴にも、説明して回るか?」

「……うん。今のは僕が、きちんと確認しなかったからだし」


 実を言うと心の中では、あの人の不調は風邪ではないだろうと思っている。

 絶対に木のせいだろうと思う。


 だけど私だって。

 私こそ、昨日まで必死に木のことを隠していたことを、すっかり忘れていた。


 ――ほんの昨日の話なのに。三歩歩いたら忘れるって……鶏じゃないんだから。


 そのことを反省した。







 その後何人かにも、木の秘密を伝えた。

 教室に移動する途中や、授業の始まるまでのわずかな時間など。

 蒼蘭に、話しを聞いた相手の名前を教えてもらって、せめてその人たちだけにでも伝えようと思ったから。



「へえ、そうなんだ」って、お礼なんて言わずに、他人事のように流すような人はまだマシで。

 朝の食堂の人のように、怒り出す人が大半だった。

 昼休憩になる頃にはもうすっかり、私の心は折れてしまった。


 もうこれからは、余計なおせっかいは焼かないようにしよう。

 ……でも一応、蒼蘭から聞き出した人全員に、話すことは話した。




「うー……ダメだなぁ。まだまだ心が弱すぎる。修練が足りん」

 食堂のテーブルにつっぷして、落ち込んでいた。

 土の中に埋まってしまいたい気分だった。

 こんなに気分が落ち込んだのは、大学入試に落ちた時以来かもしれない。


「ほら、昼食取って来てやったぞ」

「本当に、なにからなにまでありがとう、蒼蘭」

 

 私に席取りを任せて、蒼蘭が二人分の食事を運んできてくれる。 

 今日は半日一緒にいて、私の我儘に付き合ってくれていた。


「いや。俺が勝手に話を聞きこみをした、交換条件でもあるからな。こっちも大切な授業の秘密を教えてやったんだから、もうアイツらに借りは返しただろう」

「蒼蘭がついてきてくれてなかったら、絶対に最初の一人で諦めていたよ。一応全員に伝えられて良かった。興味なさそうにしていても、怒っていても、実は隠れて試しにやってみてくれる人もいるかもしれないよね」

「……呆れたお人よしだな」


 その時、目の前の空いた席に、ガシャンと雑に、誰かのお盆が置かれた。

 驚いて見上げると、そこには午前中見かけなかった梓翔ししょうがいた。


「おい、お前らなんで、最近急に仲良くなってんだよ」

梓翔ししょう! 午前中いなかったから心配していたんだ。大丈夫?」

「ああ。起きたらほぼ昼だった」


 しまったなーと言う梓翔の顔色は、今までぐっすり眠っていたにしては良くない。

 


「あれ、すいは今日、大分体調良さそうだな」

「うん。体調不良の原因が分かったんだ」

「マジで!? 俺にも教えろよ」

「……うん」


 他の生徒たちに話す時とはまた違う緊張感が襲ってきた。

 あまり話した事のない生徒に怒られるのはいい。今は落ち込んでいるけれど、それだけだ。だけど仲のよい友人だと思っている同郷の梓翔に怒られたり、友人でなくなってしまうのは寂しいなと思った。


 でも教えない訳にはいかいだろう。



「僕の体調不良の原因はね、あくまで僕の場合ってことだから! 梓翔もそうだとは思ってないから!」

「……はあ。分かったから早く言え」


「授業の桃の木が、仙気を通じて自分の体と同調してたんだ。木の調子が悪かったから、私の体調も悪かった」

「……それで?」

「それで……」



 どうやって話そうか迷ったけれど、今日の朝あった出来事を、梓翔には全て話した。

 その時に自分が感じたことも、全て。


「だからさ。仙気を注いで育った木は今の自分自身の姿だから。無理に手を加えようとしたらダメなんだと思う。確かにお手本と違ったら、授業には落第するかもしれないけれど、死ぬほど体調悪くしてたら、本末転倒だし……」

「俺はそこまでは体調悪くねーけどな」

「……うん」


 梓翔は黙って全ての話を聞いてくれた。

 今まで話した生徒の中には、途中で怒ってどこかへ行ってしまった人もいるが、とりあえず全てのことを話せてホッとした。


「あー……恥ずかしい。それって俺も桃の木に手を加えているの、バレバレってことだよな」

「え!?」

「え!? ってなんだよ。お前だって察してるんだろ」

「……うん」


 まさかあっさりと認めるとは思わなかった。

 誤魔化して、後でこっそりと試すこともできただろうに。



「というかあの木、普通の木じゃなくて特殊な仙界の木で、手を加えようとしても、通り抜けて触れなくないか? 翠は一体、どんな風に手を加えたんだ」

「仙具の匕首で、枝を切った」

「おいおい。そんなことで貴重な仙具を使うなよ」


 確かに、仙具はまだ仙人になっていない人間にとっては、幻のお宝のようなものだ。

 仙人になったって、それほどほいほい手に入るようなものではない。

 その貴重な道具を木の枝を切ることに使ったのは、確かに今となってはどうかと思う。


「そう言う梓翔は、じゃあどんな風に手を加えたの?」

「いや……俺はそんな大したことはしてないけど」

「でも何かしたんでしょう?」


 そう言うと梓翔は視線を泳がせて、あー……とか、うー……とか言って、話しにくそうにしている。


「俺の木はさ、どんどん赤くなっちゃって」

「ああ、そう言えば最初の頃言ってたね」

顔料がんりょうで茶色に塗ろうとしたけど、通り抜けて上手く塗れなかったから……」


 なるほど、普通の顔料では、仙界の木に色を塗る事などできなかったのか。

 では一体、梓翔は桃の木に何をしたんだろう。


帛画はくがの授業の先生に頼んで、仙人の衣服を作る際に使う顔料を分けてもらって、木を茶色に塗ったんだよ。一年間、授業の準備を手伝うことを条件に」

「そこまでして?」


 帛画はくがとは、絹の衣装に絵を描く技術のことだ。

 仙人が着る特殊な着物にもさまざまな絵が描かれているけれど、顔料まで特殊なものを使っていたとは知らなかった。


「うるせえなぁ。あーー! 帛画の先生がなんか『この時期は無料の助手が勝手に来てくれるから助かるわー』とか言ってたんだよ。……これのせいかよ」

「あはははは!」


 梓翔がわざとすねたように、ふざけた調子でぼやくので、なんだか面白くなってしまう。


「おい翠! 泣くほど笑うなって」

「いやだって、おかしくって……」


 梓翔があまりにも普段通りの反応で、ホッとして、今まで悩んでいたことがバカバカしくなって。

私は笑いが止まらなくって、しばらくは涙も止まらなくなってしまったのだった。






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