第11話 ありのままの自分
いつになく厳しい――だけど優しい蒼蘭の声に背中を押してもらい、自分の桃の木に手をかざす。
最初の頃は力強く、瑞々しかった木は、よくみればもうすっかり弱ってしまっていた。
伸びた枝はヒョロヒョロで細く、健康的な茶色だった幹も、なんだか黒ずんでいる。
あれほど鮮やかだった青緑色の葉も、数を減らして、残っている葉も茶色っぽくなってしまっている。
花は全部枯れてしまっていた。
――大きすぎるとか以前に、こんなの失格になるに決まってるじゃない。
それほど視野が狭くなっていたのだろう。
木を小さくすることに躍起になっていて、他のところに目がいかなくなっていた。
仙気を注ぎ込む。
最近ではほんの少ししか注いでいなかったけど、今日は蒼蘭の言う通り、思いっきり送り込む。
自分の体調が悪くて、あまり送れないのではないかと心配していたけれど、不思議なことに仙気を送れば送るほど、自分の力が溢れ出てきた。
気を送り出した最初はやはり、枝が伸びてしまうだけだった。
だけどしばらく経つと、目の前の桃の木が、明らかに元気になっていく。
仙気を送り続けるうちに、次第に新しい葉が生え始める。
幹の色も、先ほどまでと比べ物にならないくらい健康的だ。
それと同時に、体の奥深くから、次々と力が溢れ出る噴水ができたような感覚がしてくる。
その力をまた木に送り、自分の中から力が溢れ……力がぐるぐると流れ、循環しながら、その流れがどんどん大きくなっていく。
「っはー、流石にもう限界だ」
どのくらい時間が経ったか分からないくらい、仙気を注ぎ続けていた。
永遠に仙気を送っていられるような気がしていたけど、ふと「今日はこれくらいまでだな」ということが分かったので、そこで止める。
何歩か後ずさって、改めて木を見てみる。
枝はとっくに天井をすり抜けていた。私の木は、どうしても大きくなりたいらしい。
色は最初の頃のように、力強くて健康的になっている。
花はさすがにまだ咲いていないけれど、小さな蕾がいくつかできていた。
そしてもう何十日も、全く変化がなく青いまま大きくならなかった実が、ほんの少し、大きくなっている気がする。
今まで実が落ちてしまわなかっただけでも奇跡のようだ。
よくあれだけ不健康な木で、落ちずに頑張ってくれていた。
「体調はどうだ?」
「うん。すっかり治っちゃった。良い気分」
たったこれだけで、これまで悩んでいた不調が、嘘のように吹き飛んでしまった。
お手本の木よりも何倍も大きくなってしまった木。
こんなに大き過ぎたら授業は失格になるかもしれない。だけど――
――まあ仕方ないか。これが私の木だから。
ありのままの自分の木。それで失格になるのなら、仕方がない。
大学卒業までに最速でも三年はかかるし、十年で卒業でもまあ良い方だ。
だから三回でも、十回でも、百回でも。また挑戦すればいいんだ。
その時の、飾らない自分のままで。
「見て蒼蘭! 力強くて瑞々しくて、とっても良い木でしょう」
「ああ。すごくいい木だと思う。なんだか翠らしい木だ」
「私らしい木? 天井を突き破るくらい、大物ってこと?」
「そうだな」
「ふふふ」
冗談で言ったのに、蒼蘭は普通に笑ってそう答えた。
蒼蘭の木を見てみる。
日に日に透き通っていって、今では完全に水晶の木だ。
美しい木に光が反射して輝いていて、煌めく宝石のような桃の実は、既にいくつも成っていた。
「蒼蘭の木も、素敵だね。とっても綺麗だ」
「ありがとう」
蒼蘭の木も、お手本とかけ離れている。
だけどこの美しい木が失格になるなんて、あり得ないと思った。
この木が失格になるようなら、先生の方が失格だ。
*****
元気になって、朝食を食べに食堂に行った。
昨日までは自分自身に元気がなくて周りが見えていなかったけれど、昨日までの私と同じように、体調が悪そうな人が何人もいる。
いつも同じ時間に見かける人で、今朝は姿が見えない者もいる。
もしかしたら体調が優れなくて、寝ているのかもしれない。
梓翔もまだいない。
昨日の様子からいって、まだ起き上がれないほどの不調ではなさそうだったから、寝坊だろう。
「蒼蘭。同じ授業を履修中の生徒同士なら、木のことを教えてあげてもいいんだよね」
「ああ。先生に確認済みだ」
「じゃあ他の人にも教えてあげてくる。木と自分が同調していること。木が元気がないと、自分も元気がなくなること。蒼蘭は昨日、体調が悪い人から状況を教えてもらったんでしょう? そのお礼もあるしね」
まあもしかしたら、木に仙気を思いっきり注ぐことでお手本の木から離れてしまった人は、私も含めて今年は「木」の授業の免状をとれないかもしれない。
だけど体調不良のままでは他の授業にまで支障が出るし、なにより病気の木ではどのみち受からない。
そのことを教えてあげれば、すぐにでも木に仙気を送って、元気になるだろう。
「……教えるのは、あまりお勧めしない」
「どうして? やっぱりライバルだから?」
「そうじゃない」
蒼蘭はなにか言いにくそうに、ゆっくりと時間を掛けて考えてから、言葉を選んで説明してくれた。
「教えてやっても、ありがたがる奴はいない気がする……多分。いや、俺はあまり人間のことは良く分からないが」
「ははは、なにそれ」
なんだか「人間のことが良く分からない」っていう表現が面白くて、少し笑ってしまった。
「……分かった。教えるだけ、教えてみろ。ご飯を食べ終わったら、俺もついていくから。さっさと食べよう」
「うん! ありがとう。蒼蘭」
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