第9話 不穏な不調
その日の授業が全て終わり、部屋に帰る。
いつも資料庫で課題の一部をやってから帰ってくることが、最近は分かっている。
資料庫で勉強するのは楽しそうで、一緒に行ってみたいとも思うけれど、蒼蘭がいないこの隙に、着替えやらなにやら、しなければいけないこともあるので、そうもいかない。
今日も急いで、服を脱ぎ、木桶の水を浸した布で体中を清める。
髪の毛は直接桶に浸けて、市場で買った石鹸の実であわ立たせてじゃぶじゃぶ洗う。
急いで乾かさなければいけないので、「火」の仙気を使う。
私は「木」の仙気の次に「火」の仙気のコントロールが得意だけど、慣れるまではよく髪の毛を焦がしたりしたものだ。
「ふうー、さっぱりした」
必ず授業が終わってから半刻は、蒼蘭が帰らないと分かっているので、心置きなく身支度ができる。
本当に、蒼蘭が外でよく勉強するタイプで良かった。
ふと大きくなり過ぎた桃の木を見る。
大きくなりすぎて、天井に届いてしまっている木。
仙気を与えるのを控えだしてから、実は大きくならないし、花も何輪か枯れてしまった。
――これ以上大きくなって、天井を破ったらどうしよう。うん。それは困る。天上をぶち破ってしまったら、迷惑を掛けてしまう。
そう自分に言い訳をする。
いつも大切に懐に入れている翠石の短刀、
――これ以上大きくなって、寮の天井を壊したら、困るから。だから少しだけ……。
私は蒼蘭が帰ってくる前にと、桃の木の枝を、気が付かれないようにと少しだけ切り落としたのだった。
*****
「どうした翠。最近顔色が悪いぞ」
「そうかな。……あー、うん。ちょっと疲れているみたいで」
「今日は授業を休んだほうが良いんじゃないのか」
「でも最近、授業においていかれ気味だから……」
蒼蘭に言われるまでもなく、朝起きて早々、疲れている自分に気が付いていた。
最近何だか、体が怠くて元気が出ないのだ。
そのせいで武術の授業では力が入らない、座学の科目も集中力が途切れがちだ。
部屋で勉強して取り戻そうとして寝不足になると、増々授業に遅れてしまう。
比較的得意な方だった仙術の授業すら、最近はついていけていない。
なんだかフラフラするけれど、それを蒼蘭にバレないように、なんとかニコリと笑った。
蒼蘭は「仕方ないな」とでもいうように、はあーっとため息をついた。
「今日の授業は、大体俺と同じだな? 近くに座ってろ。限界だと思ったら、引きずってでも医務室に連れていく」
「そんな、悪いよ。それじゃあ蒼蘭まで授業をサボる事になる」
「そう思うなら、最初から寮で寝ていてほしいものだがな」
「……」
「……冗談だ。お前には呪いを解いてもらった恩があるからな。そのくらい、気にするな」
そう言って、笑ってくれた。
*****
「なんでこいつが、
私の隣の席に座る蒼蘭を見て、
「ちょっと私が疲れ気味なのを、心配してくれているみたいで」
「体調が悪いなら、部屋で休んでろよ」
「いやー、そうなんだけど」
そう言いながら、私はあることに気が付いていた。
「そういう梓翔も、なんだか疲れてない?」
「……なーんか最近、体が重いんだよな」
「梓翔もなんだ」
そんなことを話しながら教室中を見渡してみると、なんだかいつもより人数が少ないことに気が付いた。
出席している生徒たちの中にも、私や梓翔のように怠そう生徒たちも結構いる。
「なにかの風邪が流行っているのかな」
「いや、俺は風邪とか病気とか、そういう感じじゃないんだよな」
「……授業が終わったら、医務室へ行こうか」
「だな」
*****
医務室へ行くと、優しそうな仙医さんが出迎えてくれた。
途中でもしも服を脱ぐことになったら、女だとバレて大変だと気が付いたので、とっさに梓翔に先に診てもらいなよと言って順番を譲る。
ちなみに仙医とは、体の不調だけでなく、仙気の不調まで見てくれる医師のことで、立派な仙人様だ。
「ふんふん。怠くて疲れやすい……と」
「仙気も流れが滞っている感じで。なんというか、外に出しづらいと言うか、何か詰まっているみたいです」
「ふむ。どれどれ」
梓翔の説明を聞いていると、少し私とは症状が違うようだ。
仙医さんは梓翔に手をかざして、仙気の流れを感じている。
どうやら服を脱ぐ必要はなさそうだと安心する。
「この時期多いんだよね」
「そうなんですか? 流行り病とか」
「それは違う。入学して、単純に授業の疲れが出ているのとも違う」
「では何が原因なんですか」
「それが実は、僕は言ってはいけないことになっているんだ」
「ええ? なんで」
どうやら仙医さんには、この不調の原因が分かっているみたいだ。
それなのにそれを言ってはいけないなんて、どうしてだろう。
「僕が教えてあげては、カンニング扱いになってしまうから。自分で気が付いて生徒同士で教え合うのは良いんだけどね。それは大いに推奨されている」
「カンニング……?」
「そっちの君は元気そうだね。ただの付き添いかな」
「はい」
一緒に来てくれていた蒼蘭が答える。
「そっちの君の症状は? 君の方が重症そうだけど」
そう言って仙医さんが、私の方を見る。
「私は怠くて疲れやすいのは梓翔と一緒です。でも仙気が抑えつけられるのではなくて、漏れ出てしまうというか、そんな感覚がします」
「うーん、それは重症だな」
仙医さんは、本当に困ったように、ポリポリと頭を掻いた。
「ドクターストップをかける必要があるかもしれない。そうなるとその授業の落第は決定になってしまう。もう既に限界っぽいなぁ」
「そんな! まだ少し待ってください」
どうやらこの不調の原因は、なにかの授業によるものらしい。
恐らく仙気の授業のうちのどれかだ。
それが分かれば、原因を探せる。
「もう少し、もう少しだけ待ってください! お願いします」
「うーん。じゃあ、三日後にまた来ること。その時に治っていなければ、大げさでなく、命にかかわるから。授業を一つ落としたところで、大したことはないよ。なにせ卒業までに十年かかることも珍しくないんだ。気長にやりなさい」
「……はい、ありがとう、ございます」
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