第8話 膨らむ不安
桃の木が配られてから約一か月が経つ頃には、私の木は自分の身長よりも大きく育ってしまった。
――これ、良いのかな。小さすぎるのは落第って言ってたけど、大きすぎるのは?
考え始めると、段々不安になってきた。
色も形も良いし、ついに花が一輪咲いたけれど、先生のお手本よりも明らかに大きすぎだった。
厳しい授業が多い中、この授業は簡単な方だと思ったけれど、やはり一筋縄にはいかないようだった。
*****
「どうした翠。なんだか元気ないな」
授業と授業の合間に、お気に入りの木の根元に寄りかかって休んでいた私に声を掛けてきたのは、
前の時間の授業は選択授業で別々だったけど、次の授業が五行の「木」の授業なので、通りかかったのだろう。
「いや、桃の木がさ……」
「ああ、桃の木が上手くいってないのか。小さいのか? それとも色が変とか。まだまだこの時期、花は咲いてなくても焦らなくてもいいらしいぞ」
「……花はとっくに咲いている」
「え! じゃあいいじゃねーか」
聞くところによると、この時期に花を咲かせることに成功しているのは、まだ生徒の二割程度らしい。
私の木は花どころか、まだ小さくて青いけれど実が膨らみつつあるので、順調すぎるほど順調といえるかもしれない。
「木が大きすぎるんだ……」
「へぇ。大きい分には良いんじゃないのか?」
「そうかな。もう梓翔の背を余裕で越えてるくらいなんだけど。……梓翔は順調?」
「……」
そう聞き返すと、梓翔は気まずそうに急に黙り込んでしまった。
「……俺もやばいかも」
「え! そうなの?」
「木が赤くなってきた……俺が『火』が得意だからかな」
「そっか、梓翔もなんだ」
大学では天才どころか、お互いになんとかしがみついているレベルの私たちだけれど、まさか二人とも上手くいっていないとは。
内緒だけど既に仙人である蒼蘭ですら、お手本通りにはいっていない。
「やっぱり楽な授業なんて、ないんだね」
「本当にな」
*****
「木」の授業で教室に入ると、何人かは桃の木を持ち込んできていた。
桃の木の課題は各自でやるので、授業では別の内容の勉強をするのだけど、持ってきて授業の最後に先生に意見を聞くことは許可されている。
持ってきている人たちの桃の木を見ると、皆とても順調のようだった。
茶色の枝に、緑の葉。持ち運べるサイズ。
中には花が咲いている人もいる。
――いいなぁ。
私こそ桃の木を持ってきて、先生に意見を聞くべきかもしれないけれど、あんなに大きくなってしまった木を持って、ウロウロしたくなかった。
それにあれを先生に見せて、即落第だと言われてしまったらどうしようと思うと怖かった。
なんとか普通の大きさにできないかと、最近与える仙気を少し控えめにしてみたりしたけれど、そうしたら今度は実が全く大きくならなくなってしまった。
それなのに、なぜか木の背はどんどん成長して、大きくなっていくのだ。
「持ってきている奴ら、なんであんなに順調なのにわざわざ授業に持ってきてんだ。見せびらかしてんのか」
「羨ましいよねー」
流れで隣の席に座った梓翔と一緒に愚痴をこぼす。
ちなみに蒼蘭は、外では相変わらずの一匹狼で、離れて座っている。
「おお、いいね。皆順調だ。今日持ってきている者達の木は問題なさそうだ。あ、そこの君は少しだけ仙気が足りない。これからもう少し増やすように頑張りたまえ」
「はい!」
「そこの君は、素晴らしい。これだけ花が咲いていたら、実が成るのも時間の問題だ。実が成ったらもう一度持ってきなさい。年度途中でも免状をあげよう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
そんなやり取りを聞きながら、不安は膨らんでいくのだった。
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