畳の上の深い轍
鴨坂科楽
第1話
目の前に金色にキラキラ光る丸い板が三つ並んでいる。
それぞれの上には輪っかが付いて、そこから紐が出ている。
「これは、金メダルと言ってねえ、世界一になったらもらえるんだよ」
「これ、パパがもらったの?」
「うん、柔道でね」
テレビで柔道の試合をしていると、僕はよく父と一緒に見て応援していたらしい。
「英翔もこれをもらえるかもしれないから、柔道習ってみないか?」
「うん!」
僕は元気よく答えた。
次の日から毎日のように、近くの道場に連れて行かれるようになった。
まずは、受け身の練習。
最初は畳に膝を着いて、後ろや横に転がりながら畳を叩くが、手が痛いし、何の意味があるのか全然分からなかった。
練習をダラダラとやっていると、先生が押してきて倒される。
頭を引かないといけないけど、それができないことが多くてその度に頭を打つ。
「頭をこっちにこうもってきなさい、と言ってるでしょ!」
そう言って先生はすごく怒った。
僕はよく泣いてしまい、途中で練習を投げ出していた。
いつも、練習の時間が過ぎるのをただ待っていた。
横では大きい子たちが次々に投げられていく。
畳に落ちた彼らが、何事も無かったかのように立ち上がるのが奇跡としか思えなかった。
こんな居心地の悪い場所からは、一瞬でも早く出ていきたかった。
いつまで経っても、ひたすら受け身の練習をさせられていた。
あとから入ってきた子が、先に技を掛ける練習を始めていた。
父は近くの高校で体育の先生をしていて、柔道部の監督も務めていた。
朝早くから部活の指導をして、夜は遅くまで雑誌の原稿を書いていることが多かった。
母も会社の仕事が忙しくて、僕が寝たあとに帰ってくることがほとんどだった。
それでも毎朝起きるとご飯が用意されていて、保育園に通い始めてからは弁当も作ってくれた。
道場への送り迎えや晩ご飯の支度は、近くに住んでいた祖母がしてくれた。
両親と過ごす時間は少なかったのに、柔道の先生から僕の様子を聞かされるたびにかなり叱られた。
本当はもう辞めたかった。
柔道だけじゃなく、他の運動も嫌いになっていた。
だけど、自分からやりたいと言った手前、辞めるとも言えず続けていた。
一年以上が経ち、ようやく投げ技を教わるようになった。
でも、他の子から投げられるばかりで、自分は投げることができないから、ますます嫌になった。
「蔵坂くん!」
その日、練習を見ていた先生が言った。
「何やってんの!?そんなことやっても、投げられるの分かってるでしょ!君は運動音痴なだけじゃなく、頭も悪いねえ!」
僕は運動もできないし、頭も悪いんだ。
そう思うようになり、それから勉強もしなくなった。
それからかなり経って試合にも出してもらえるようになったが、勝てることは無かった。
負けたことが親に知られると叱られる。
でも、他の運動も苦手だしやったこともないから、中学生に成っても柔道以外の部活に入ることは考えられなかった。
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