第6話 魔女、残数6日

「おはようございます、エリアスティール様」

「おはようございます、ご機嫌麗しゅう。エリアスティール様」

「えぇ、おはようございます。皆様」


 翌日、オレは少し悩んだ末に普通に学校に登校する事にした。

 アレンシールに一応相談してみたところ、アカデミーは進路の関係でか授業の関係でか卒業式当日まで学校に来る生徒は当たり前なのだという。

 なんでも、卒業式には在校生と卒業生。それだけでなくその両親やOBまで招いた大きな舞踏会を行うのだとか。

 そのドレスの調整やなんかも学校でやる事が多いので、ほんの7日後に卒業を控えていてもエリスの同級生はかなりの数登校しているようだった。


 昨日、オレは夢で見たすべてをアレンシールに告白した。

 アレンシールの首が落とされる事。たくさんの男女が殺される事。自分と、多分もう一人魔女として断罪される可能性があるという事。

 そして、その断罪を元婚約者のダミアンが主導して行うという事もだ。

 その時のアレンシールの表情と言ったら、下手に美形なだけあってとんでもなく恐ろしかった。

 美人を怒らせると怖い、なんていう言葉は漫画の中の話だけだと思っていたオレにとって、アレンシールの静かなる激怒は己の認識を改める絶好のチャンス……だったのかも、しれない。

 出来れば、一生知らないままでいたかった気もするけれども。

 とにかくオレが今日アカデミーにやってきた理由はひとつ。

 オレと一緒に断罪されるのかもしれない女の子を探す事。

 卒業式で断罪されるという事はその子も学生である可能性が高いので、学校でその子を探そうという事にしたのだ。

 だが、エリスの頭が固定されていたせいでその子の顔を見る事が出来ていないのが何とももどかしい。

 わかる事と言えば、火の熱で煽られていたのが金色の髪だったかもしれないという事なのだけれど、貴族階級に金色やそれに類する髪の色はとても多い。

 上級貴族ほど「青い血」じゃないが金色の髪の者が多いとも聞くが、もちろん平民で金髪も居ないわけじゃないとも聞く。

 となると、もう本当にしらみ潰しに探すしかないという事だ。

 朝、登校の馬車から降りてきた段階で挨拶をしてくる生徒がとても多い事を考えるとエリスは学院内で顔が広いようだが、エリスの記憶にある中にそれっぽい女の子は居そうにない。

 そもそも、彼女はなんで【魔女】と呼ばれたのだろうか?

 本当の【魔女】であればエリスが把握しているだろうし、そうじゃないなら本物の【魔女】ではなかったという事になる。

 これらはすべてオレの考えでしかないが、そう外れてはいないと思う。

 未来さえ見通す【魔女】のエリスが知らない【魔女】なんて居はしないだろう。という事は、6日後に処刑されるあの女の子は【魔女】ではないという事だ。

 何らかの理由で【魔女】扱いをされた……魔女狩りの被害者。

 じゃあ、果たして、どういう理由で魔女扱いをされてしまったのだろうか?

「おはようございます、エリアスティール様! 今日もお美しいですわっ」

「ありがとうございます、とても嬉しいわ」

 エリスは、チラリと相手を見るだけで相手が魔女であるかどうかを見通せる……わけではないようだ。

 でも魔力があるかどうか、素質があるかどうかは何となく感じ取れるし、今自分の周囲に集まっている令嬢たちにそれらしい気配はない。

 エリスの記憶と照らし合わせればここに居る令嬢たちの名前と地位を当てはめるのは難しい事じゃないが、流石に平民はいないようだ。

 という事は、あの女の子は平民である可能性も、ないわけじゃない、の、かも。

 うーんわからん……

 知らない人間を、ただ「女の子」「金髪かも」というだけのヒントで探すのは難しい上にこのアカデミーはとんでもなく広く生徒数が多い。

 そこから探し出すのは、残り6日では難しいのでは……

「そういえばエリアスティール様、ご存知ですか? 最近、魔女の巣が発見されたそうですの」

「まぁ!」

「魔女の巣……ですか?」

「いやだ、恐ろしいわ」

「魔女といえば疫病や呪いを撒き散らすという、あの?」

「なんてことなの……」

 しかし、黙ってニコニコと令嬢たちの話を聞いていたオレは不意に投げ込まれた不穏な言葉にハッと眉を揺らした。

 魔女の巣、だなんて、虫じゃないんだから……なんて思いつつも、そんな事はツッコめないので他の令嬢と同じようにちょっと怯えているフリをする。

 多分ダミアンはもうエリスが魔女である事を知っているのだろうが、他の人間にまでそれを知らしめる事はないのだ。

「魔女の巣、というのは……どのような?」

「市街の平民地区に魔女が潜んでいるという噂ですわ。わたくしもう恐ろしくて恐ろしくて……」

「王都に居るなんて!」

「騎兵隊は何をなさっているのかしらっ」

 魔女の巣について話を持ってきたのは、情報通と名高い令嬢だ。たしか伯爵家の次女で、親が新聞を発行している大手の出版社を経営しているとかで耳が早いのだとかエリスの記憶にある。

 なるほど、何処の世界にもこういうタイプの耳の早い子は居るもんなんだな。

「平民と言えば……お一人、不思議な方がいらっしゃいますわよね」

「あぁ、あの……」

「まさか、ねぇ……」

 彼女の話に乗っかってか、令嬢たちがヒソヒソと話を始める。

 エリスに聞かせようというわけではないようだが、彼女たちの中にはこの学院の中にも不穏分子がすでに居る、という事だ。

 平民、不思議な子。

 この学費の高い学院に居る平民というだけでも目立つだろうに、その中でもさらに興味を誘うとあれば昨今の情勢では【魔女】扱いされていてもおかしくはないだろう。

「あの、無知で申し訳ないのですけれど……その、不思議なお方とは、どのような方なのかしら?」

「あら、エリアスティール様はご存知ないのですか?」

「ダミアン様の事がありましたものね……」

「ちょっと、あなたっ!」

「アレの事はもういいのです。その不思議な方についてお教え願えるかしら」

「は、はい! 申し訳ありませんっ!」

 あ、ダミアンとの事はもう学院の中でも衆知の事実なのか。

 だから男子たちはちょっと遠巻きだったワケか。

 ちょっと「なるほど」なんて思いながら、アワアワと手をパタパタさせる令嬢たちの話に耳を傾ける。

 不思議な雰囲気を持つ平民という娘は、なんでもこの学院の中の最新総合成績で一番を取った子の事を言うらしい。

 アカデミーでは学年別でのテストの他に総合成績考査というのがあるらしくって、その総合考査には学年関係なく参加する事が出来るという。

 当然それだけ内容のレベルが高いが、エリスも毎回参加して毎回5番以内に入っているというのだから、才女も才女だ。

 だがそのエリスの上を行く一番というのは、平民の中ではすごい事なんじゃないだろうか。

「その方、お名前はなんというのかしら」

「えぇと……なんておっしゃったかしら」

「バーラントさんですわ。リリ・バーラントさん」

「あぁそうでしたわね。あの結果が出た日のレンバス卿の荒れようといったら……」

「いけませんわ、そのようなこと」

 レンバス卿――ダミアンか。

 その名前が出てきた所で、オレは何となくこの先の結末を視たような気がして眉間を揉んだ。

 平民でありながら総合考査で1位を獲得した少女リリ・バーラントと、それに荒れ狂っていたというダミアン。

 リリが金髪であるという確証はないが、それだけでも【魔女狩り】の口実になったような気がする、のだ。

 魔女の首魁であるエリスが毎回5番以内という当たり障りのない順位だったということ。

 リリ・バーラントに順位を抜かれて荒れ狂い、6日後に魔女を断罪するダミアン。


 リリが魔女であるかは分からないが、6日後の断罪の場に居る可能性は限りなく高いと、オレとオレの中のエリスの記憶がそう、言っていた。

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