ヤニカス、禁煙するためVRMMOを始める。

涙目とも

第1話:ヤニカス、VRMMOを始める。

人が5人入れればいい程狭いスペースに、十数人が密になって口先を尖らせていた。


ツンとする刺激臭に頬を綻ばせながら、肺に空気以外の汚れを侵入させると同時に、とてつもない多幸感が全身を満たす。


もう一本だけ、もう一本だけと考えているうちにはもう一箱分使い切ってしまうことも多々ある。それでもこの幸福には変えられないものがあると、少ない小遣いをやりくりしてお気に入りの銘柄を買い求める。


「……………」


……近頃の禁煙ブームには困ったものだ。俺が生まれた頃からそのような風潮であったが、外食店などでも禁煙スペースの方が多くなり、家でも禁煙を宣言されて以来、こうして大きく狭小された喫煙所で同郷と身を縮めあっている。


「……はぁ」


思えば、喫煙とはこんなにも惨めなものでは無かったはずだ。俺が吸い始めたのは父の影響が大きいが、やはりドラマなどで俳優が吸う所を見て憧れたと言うのもあるだろう。


かっこいいの象徴、それが煙草だったはずなのに……………


「……」


近頃、少しの運動で息が切れることが多くなった。指先が冷え出し、ご飯の味も薄く感じてきてからは趣味だった自炊もやめてしまった。


娘からの距離も遠い。高校生となった今となってはほぼ口も聞かないようになってしまった。




こんな惨めな楽しみがあっていいのだろうか。




「……そういえば」


思い当たることがあり、喫煙所を出て軽く消臭を済ませた後、ファミレスへと向かい、スマホでネットニュースを調べる。


……………これだ


とある有名な企業が出した次世代型ゲーム機、VRMMOで禁煙者を支援する取り組みがされている。脳の欲求に軽めの報酬を与えることでセーブし、現実での健康を守る。




要するにゲーム内で煙草が吸える。




「……ははっ」


ちょうど娘が買ったタイトルじゃないか。


少しでも家族仲が改善されるならと、俺はそれを購入することにした。資金を集めるため、禁煙も始めてみよう。




















……………1日一箱でいいかな?






◇◇◇◇◇






「……お父さん!!?」

「あぁ、宮子。お父さんも『セカンドライフオンライン』を始めることにしたんだ」


届いだVR機材を梱包から取り出しながら話しかける。多少そっけない態度になってしまっているのは、ここしばらく煙草自体を吸っていないからだ。


脳が強くニコチンを求めているのに、最後には2日間も我慢して金を貯めた。


早く吸いたい。


……しかし、設定の仕方がわからない。震える手を落ち着かせながら電子説明書を読むが、ニコチンが不足しているせいか、いまいち頭に入らない。


「……宮子、お願いがある。初期設定をやってくれないか?」

「……………はぁ、いいよ」


呆れた表情を浮かべながら、俺からヘッドセットをぶん取ると、パソコンに繋げてアプリを立ち上げた。


「……ただし、どんなふうになっても文句は言わないでね?」

「あぁ、助かるよ」




……俺はこの先の幸福を考えていたせいで気が付かなかった。宮子の顔が、いたずらっ子のようににやけていたことを。




「終わったよ」

「おお! ありがとう、では早速」

「お小遣い」

「……………相談してみるよ」


自室に戻り、ベットに仰向けになって目を閉じる。




「ゲームスタート」






———

—————

——————————






目を、開ける。


いつのまにか俺は立ち上がっていて、中世を思わせる石畳に目を落としていた。


「……煙草」


金を貯めてる時何度も、何度も穴が開くほど読んだショップへの道のりをなぞる。その行動には、子供の頃夢見た世界への感動こそあったものの、二の次だった。


しかし、やはり俯瞰で見るのと実際に走るのでは違うものがある。何故か俺を見てざわめいていた民衆のうちの二人に声をかける。


「なぁ、煙草を売っている店はどこだ?」

「えっ!? え、え、あっ、あっちの店です」


何故か赤面して硬直した片方に代わり、症状が軽めのもう片方が説明してくれた。


「そうか、ありがとう」


自身では気が付かなかったが、その時の俺は初恋をした時のような優しい笑顔をしていたらしい。


そんなことなどつゆ知らず、指し示された方向に駆け出す俺。




「今の、すっっっっっげぇ綺麗だったよな」

「あぁ……すごく綺麗だった」
















「いらっしゃい!」

「煙草をくれ」


NPCの挨拶が終わるか終わらないかくらいのところで要求を出す。


「煙草かい? 銘柄は何にするんだい?」


!! まさか銘柄まであるとは思わなかった。


「セブンスターだ!!」

「なら一箱100エルだよ」


初期金額一万エル、良し!


「三箱くれ!」

「毎度!」


俺は買ったばかりのお楽しみをその場で開ける程我慢知らずでは無い。プレイヤーごとに登録された宿屋を尋ね、自室を開ける。






……………その最中も、常に満面の笑みで振る舞っていたらしい。






いよいよ火を付ける…‥ところで気がついた。


「ライターが無ぇ!!」


くっそ、もう待ち切れないぞ!!


「そうだ、魔法!」


この世界には魔法が存在しているとかの説明はどうでもいいよな。


「あった炎魔法、お前でいいやもう!」


説明すら受けずに魔法を取得する。




———ボッ……




スゥ―――………




紛れもない。


脳が求めてた場所に滞り無くピースが収まった感覚に、全身を細かく震わせる。


誰にも邪魔されることのない、医者もうるさく言わない煙草。


「幸せだぁ……」


筒を持つ左手を、落ちかけている西日にかざしてみる。




指先の芯の髄まで滞り無く駆け巡る血液を感じながら、二本目に、それを伸ばすのであった。

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