池袋

 寝ようか。そう言って電気を消して、同じ布団に入ってから、もうどれくらいが経っただろうか。人一人の空白の向こうから、不自然なくらいに衣擦れの音が鳴らない規則正しい呼吸音が聞こえる。


「友達の嫁に手ぇ出すのって、罪悪感とかないの?」


 どれくらいかぶりに、服と布団が擦れる音が聞こえる。


「あるから手ぇ出しあぐねてんだろうが」


 ず、と布を擦る音が大きく聞こえた。頭を傾けて彼を見ると、はだけた服から無防備に腕を投げ出して、仰向けで目を隠していた。暗がりでもその墨はよく映えて、目に焼き付いた。


「ああー……まぁ、眠剤は入れてないから、お好きに」


 自分の責任にはならないよう、ずいぶんと慎重に言葉を選んでしまった自分自身を聞いて、またこれか、と小さくため息を吐いた。何年も同じことをして、何年も成長をしていない。


「んー……」


 人の吐息と、衣擦れの音と、言語として発せられていない音がこんなにも耳をくすぐるとは、知らなかった。


「こっち。」


 音に身を委ねているうちに、いつの間にか人一人分の空白はなくなっていた。


「……ん。」


 私達は、これから間違いを犯す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る