第4話 帰還の影

 夜が更け、銀河の森から戻った宙太ちゅうたは、まだ儀式で感じた余韻よいんに囚われていた。自室の窓辺に座り、暗い夜空を眺めながら、彼の思考は自然と姉・星恋せいれんに向かっていた。そして、宙太は、星恋が失踪する前のことをぼんやりと思い返す。姉はいつも落ち着いた物腰で、一族の儀式においても完璧な振る舞いを見せていた。特に星霊ネピュラとの深い繋がりを持ち、その姿は皆の尊敬を集めていた。宙太にとっても、星恋は憧れと敬愛の対象だった。


 しかし、その星恋が姿を消したのは、一族にとっても宙太にとっても大きな衝撃だった。とくに、その時期は姉が深い悲しみを抱えていた時でもあった。星恋には許嫁いいなずけがいた。流太るた(本名/ネウロ・ニウエ・ヴォル・流太ルタ)――5歳年上の流太は宙太にとっては義兄のような存在だったが、不治の病に侵されていた。医術や霊的な治療を尽くしても回復する見込みはなく、ついには余命宣告を受けていた。

 流太の最期の日、星恋はその傍に寄り添い、静かに彼を見送ったと聞いている。家族の中で唯一、星恋だけが流太の最期を看取ることを許されていた。それは星恋自身が彼のそばにいることを強く望んだからだった。そして、彼女は一晩中流太の手を握り、星霊ネビュラに祈り続けていたという。とくに、その時期は姉が深い悲しみを抱えていた時でもあった。


 翌日、星恋はいつものように穏やかに家族と朝食を取り、何事もなかったかのように微笑んでいた。しかしその夜、彼女は両親や宙太が寝静まるのを待って、家を出た。その後、彼女から届いたのは一枚の置き手紙だけだった。


『必ず戻ります。星霊ネピュラの神 “ アストレア” に誓って、どうかお許しください。      アリシア・ニウエ・ミラ・星恋    』


 その短い言葉は、星恋がなぜ姿を消したのか、どこへ行ったのかを全く示していなかった。それから家族は手を尽くして星恋の行方を探したが、結局何の手がかりも見つからなかった。まだ宙太は、流太の死が星恋にどれだけの影響を与えたのか、まだ理解しきれないでいた。星恋がなぜ突然姿を消したのか、その理由を彼なりに考えようとするたびに宙太の胸を締め付ける、その感覚に耐えきれず、彼は寄り添うシエルを撫でながら、自分を落ち着かせようとした。



翌朝、アルカディア4番街の周縁域にあるμミュー地区にある保安ターミナルから、σシグマ地区を拠点とするニウエ一族のデータリンクに奇妙な通信が送信された。その内容は、宙太の心をざわめかせるものだった。


「行方不明になっていたアリシア・ニウエ・ミラ・星恋さんが、先ほど保安ターミナルに姿を現しました。彼女は『私は行方不明になっていたのです。届け出を取り下げてください』と告げました。」


その無機質なオペレーターの言葉に、家族全員が息を呑んだ。宙太は母・星愛せいあの顔を見たが、彼女は何かを言おうとして言葉を飲み込むように、ただ目を閉じて深く息を吸った。


「星恋が…戻った?」


父・宇太うたの声には安堵と複雑な感情が入り混じり、まるで信じることを拒むかのようにかすかに震えていた。家族全員が言葉を失い、部屋の空気が一瞬で張り詰めた。その中で、宙太は胸の奥に奇妙な感覚を覚えていた。待ち望んだはずの姉の帰還――それなのに、何かが違う。姉が何に追いつめられて家出をしたのか、想像すればするほど胸がざわつき、冷たい汗が背中を伝った。


宙太の頭には銀河の森での儀式で聞いた「大いなる変化」という言葉がよぎる。星恋の帰還は、何か得体の知れないものの始まりではないのか――その考えが頭をよぎり、宙太はゆっくりと歩を進めた。その先に待つ答えが、すべてを変えてしまうような予感を抱えながら。

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