第1話 静かな予兆

 アルカディア(2番街)は、まるで自然と技術が一つになったかのような美しい未来都市だった。高層ビルが空を切り裂くようにそびえ立ちながらも、その間には緑豊かな森が広がり、清らかな川が街を縫うように流れていた。建物の壁面にはツタや草花が絡み合い、通りにはエコフレンドリーな電動車や、自転車に乗った人々が行き交っている。環境保護はこの都市の最優先課題であり、誰もが自然との共生を生活の基本にしていた。


 宙太ちゅうたはこの街で生まれ育った。彼の家族は代々、星間物質から生まれたと言われる「星坐ネビュラル」という特別な種族の血を引いていた。宙太の祖先は「星弥呼ネビュラスピリスト」として知られ、物質世界と精神世界の間を自由に行き来する能力を持っていた。彼らは星霊ネビュラを視覚化し、精神界にアクセスし、さらには思念を通じて遠くの者と心を通わせることができた。この血脈は家族全員に流れており、幼い頃から特別な力が見られる者も少なくない。


 宙太もその一人だった。まだ幼年アカデミアに通い出してまもない頃、彼は自分が普通の人々と異なることに気づいた。特に星霊ネビュラの視覚化の能力が際立っており、他の人には見えないものが宙太にははっきりと視えていた。夜、家族と一緒に森の奥深くにある聖地へ行くと、宙太は満天の星空を眺めながら、星霊ネビュラが星々の間を漂うのを感じ取ることができた。それはまるで、宇宙の一部を垣間見るような神秘的な体験だった。


 彼の家族も、この特別な力を大切にしていた。父は森の守護者であり、母は精神界と物質界を繋ぐ重要な役割を担っていた。家族で夜の儀式に参加することは、宙太にとって日常の一部であり、彼自身もその力を磨いていた。星霊ネビュラのメッセージを受け取る力を身につけ、街の人々に神託を伝える役割を担う日が来るだろうと家族は期待していた。


 しかし、宙太にとってこの力は祝福である一方、少し畏怖いふなるものでもあった。周りの友達には見えないものが視えるという事実が、彼に孤独感を与えることもあった。学校では誰にもその力を話せず、普通の少年として過ごすことにしていた。しかし、家に帰れば彼は「星弥呼ネビュラスピリスト」の後を継ぐものとして、「星坐ネビュラル」としての誇りを胸に秘めていた。


 この世界は、まるで静かに流れる水面のようだった。風は穏やかに木々を揺らし、日々の営みは止まることなく続いている。時間はゆったりとしたリズムを刻み、空には一片の曇りもない。見えない調和が空気の中に溶け込み、人々の心には不安の影が差すことはない。すべてが自然と技術の手の中で一つに織りなされ、変わらぬ日常がまるで永遠に続くかのような錯覚を与えていた。しかし、宙太の胸の奥では、どこか遠い未来に向けた不安が静かにとどろいていた。それは、彼がまだ知らない「大いなる変化」の前兆だった。

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境界の奇跡、時の残響 悠鬼よう子 @majo_neco_ren

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