《6》いないほうが

 あさ、目がさめると、アカルはとなりにいなかった。

 まやのこと、だっこしながら、ベッドでよこになってたはずなのに。


 ベッドのおへやから、ひとりでお外に出たこと、ほとんどなかったけど、まや、出てさがした。でも、どのおへやをのぞいてみても、アカルはいなかった。

 ねえ、アカル。アカルは、もしかして、しんでしまったの?

 まやがさわったから、いい子にしなかったから、やくそくをやぶったから、だからアカルはいなくなってしまったの?


 まやのからだ、いつのまにか、もとの大きさにもどってた。

 きもの、ずるずる長くて、おかしいなっておもって、それで気づいた。ころびそうになったから、ぎゅっとにぎって、すそを上のほうにひっぱった。どうしたらいいのかわからないから、おびを玉むすびにするしかなかった。


 まや、ひとりじゃなにもできない。

 きものをちゃんときるのも、ひとりじゃぜんぜんできない。


「アカル」


 アカルはどこに行ったの。どうしていなくなってしまったの。しなないって、言ってたよね。それなのに、どうして。

 お外に出て、アカルといっしょにおさんぽしたばしょを歩いた。けれど、やっぱりアカルはどこにもいない。


 さいごに、うらにわの、つばきの木のまえにきた。

 ……花が、おちてる。はっぱも、こんなにいっぱい、ばらばら。


『この花が枯れると僕は死ぬし、僕が死ぬとこの花も枯れる。』


「……うそつき……」


 ごろごろと、のどがとてもいたくて、へんな声が出た。

 うそつき。しなないって言ったのに、アカルの、うそつき。


 ほっぺ、つめたい。ああ、まや、今ないてるんだ。

 ママにおこられたときより、あの男にたたかれたときより、……いたくされたときより、かなしい。


 うそつき。うそつき。うそつき。

 まやのせいで、アカル、しんでしまった。


 いやだ。そんなだったら、まやがしんだほうが、ずっといい。

 きたないまやなんか、いらない。ママにきらわれて、きたない男にたたかれて、まやにもきたないの、うつった。きたなくなったまやにさわったから、アカルまで、しんでしまった。


 ――まやなんか、いないほうが。


「……マヤ。」


 つばきの木をさわったそのとき、うしろからきゅうに声がして、はっとふりかえる。

 アカルかもしれない。そんな気もちは、すぐにきえてなくなった。うしろにいたのは、アカルとはぜんぜんちがう、べつの男の人だった。


 その人が、ゆっくりと、しゃべりはじめる。


「マヤ、聞いてくれるかい。アカルからの伝言だ。」

「……だれ」

「私はアカルの友達だよ。」

「……ともだち?」


 アカルといっしょにすごした一年ちょっとのあいだ、この人を見たことはない。でも、この人はアカルのともだちだという。しかも、アカルからのでんごんをきいてほしいと言った。

 どうしたらいいのか分からなくて、だまっていると、その人はまた、ゆっくりと口をひらいた。


「今ね。アカル、マヤと一緒に暮らすための準備をしてるんだ。」

「……じゅんび?」

「うん、準備。けどね、すぐは無理なんだ。時間がいっぱいかかる。マヤが本当の大人になるくらい、長い時間がね。」


 男の人は、それいじょう、まやにちかづかない。でも。


「待てる? マヤはその間、ずっとアカルのことだけを待っていられるかい?」


 しゃがみこんで、まやと同じ目のたかさになって、その人ははなしをつづける。

 目が、なんとなく、アカルの目ににてるなあと、おもう。そうおもったら、しらないうちに、まや、へんじをしてたんだ。


「うん。まつ。まや、まちたい」

「分かった。じゃあ今から、私が君の治療の続きを引き受けよう。」

「あ、ちりょう……」


 おもわず、ふるえてしまう。

 ちりょう。アカルがしてくれていた、とちゅうになってしまっていた、それ。


「うん。アカルも心配してたから、マヤの痛いの全部、ちゃんと治そう。」

「……うん」

「えらいね。時間、かかっても、頑張って治そうね。」


 そう言って、男の人はにっこりとわらった。

 やっぱりにてる。アカルの目も、いつもこんなふうだったな、と思う。さいきんは、まやと長くおはなししてくれること、ほとんどなくなってたけど、アカルはいつだって、まやを、やさしい目で見てくれてた。


 この人も、まやのこと、アカルみたいに、だいじにしてくれるかな。

 まやのいたいのを、なおしてくれるのかな。


 こくりとうなずくと、目のまえの男の人は、またにっこりとわらった。

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