第5話 釈明配信 再炎上

〈 ダンジョン中層 平野エリア 〉


 諸々の配信準備を整えて僕と涼風さんはダンジョン中層の平野部にいた。エリたち召喚獣はまだ呼び出していない。配信が始まってから召喚したほうが大勢を説得できるという考えだ。


「ここまでしてもらってなんだけど涼風さんは配信に出なくてもいいんじゃないかな?」

「縁木さん、有栖でいいですよ。後輩なんだしもっと気楽に名前を呼んでくれると嬉しいです」

「じゃあ有栖さん。お礼をするってことだったけど正直、ここまで付き合う必要ないよ? 助けたのだって先輩冒険者として当然のことをしたまでだし」

「でも縁木さん配信の仕方とかわからないですよね。冒険者としては後輩ですけど配信者としては私は先輩ですからフォローしますよ?」


 ぐうの音もでない正論だ。でも僕としては有栖さんの配信チャンネルを貸してもらえただけでもありがたいから、お礼とか恩をこれ以上感じてほしくないな。

 そんなやり取りをしていたら設定していた時間が近づいていることに気付いた。


「もうすぐ配信時間だね。それじゃあよろしくお願いします。有栖先輩」

「うっ。自分からいったことですけど、先輩はやっぱりよしてください」


 少し緊張していたからか、有栖さんをからかってしまった。画面越しとはいえ、こうして大勢の前でダンジョン攻略をするのは初めての事だったからだ。しかも見に来る者の大半は僕を悪人だと思ってきている人たち。

 ダンジョンの最前線で戦うのとは違う緊張感を感じていた。


「じゃあ始めます!」


 そういって有栖さんは配信機材を触ると配信を開始した。


「皆ー、こんばんわー! 今日は告知通りゲストさんと一緒に配信していきます!」


:有栖ちゃんコラボってどういうこと!?

:まさかあの極悪人に脅されて……許せん!

:そのゲストって誰!?

:今日美少女ちゃんはいますか?

:みんなおちけつ!


 配信が始まった瞬間、コメント欄が凄い速さで流れるのを、僕は配信に映らない場所で「これ僕が出てきたらどうなるんだろう」と思いながら見ていた。


「さっそくゲストの方を紹介したいと思います! それじゃあお願いします!」

「えーと紹介された縁木祈です。よろしくお願いします」


:でたな犯罪者

:有栖ちゃんから離れろ!

:美少女を開放しろ!

:あの可愛い子いないのか。残念

:縁木祈ね。名前判明したな

:特定しようしたやつら全員敗北した謎の犯罪者

:名前で検索したけど情報が全く出てこない

:なんで一緒に配信してんの!?

:お礼はそいつにするんじゃない! 美少女にするんだ!


 荒れていたコメント欄がさらに荒れた。状況としてはそんな感じだ。

 予想していたことだが中々に酷いな。


「今日は先日助けていただいた縁木さんにお礼をしたいので、今日はゲストとして来てもらいました」


:有栖ちゃん騙されないで! そいつは極悪人だよ!

:ギルドに通報してるからもう少し待っててね!

:ワイが助けにいくお!


 コメント欄の様子を見るに、このままでは召喚獣の説明をすることもままならない状況だ。そう思って僕は有栖さんの前に出て後ろに下がってもらう。


「有栖ちゃん、変わって。僕が話すよ」


:出てくんな

:帰れよ

:てか有栖ちゃんを名前で呼ぶな

:早く捕まってくれ

:有栖ちゃんと美少女を開放しろ!


 荒れるコメント欄を見ていると緊張感でドキドキするが、それと同時に少しの楽しさも感じていた。ダンジョンの最前線、未知のエリアを探索するときの高揚感、それとは違うワクワクに段々と楽しくなっていく。


「皆さん、今日は僕について知ってもらいたくて配信に出させてもらうことになりました。ジョブは【召喚士】で普段は下層をメインに攻略しています」


:下層!? マジで!?

:下層ってマジだったら実力者じゃん

:嘘つけ。寄生虫が下層いけるわけないだろ!

:冷静に考えて搾取してるやつが実力者なわけない

:縁木祈、召喚士。いまだ検索に引っ掛からないぞ

:召喚士なんだったら自分の召喚獣に戦わせろよ。女の子に戦わせるな


「おっ良いコメントがあった。その通り有栖さんを助けたときにいた少女は僕の召喚獣なんです」


:?

:なに言ってんの?

:あの美少女が召喚獣?

:嘘つけえええええ!!!

:言い訳とか見苦しいぞ

:もっとマシな嘘つけ


「ん~、信じられない人のほうが多いかと思うので、さっそく召喚しようと思います」


 少し離れた場所に手を向けると召喚士のスキルを発動する。

 地面に召喚陣が描かれ水色の眩い光りを放つ。少しして光が消えると、そこには見慣れた姿の人影が。

 召喚陣があった場所に現れたのは白い鎧とショートソード、小盾を装備したエリだった。

 召喚陣が消え、閉じていた目を開いたエリが僕に近づいてくる。


「マスター、私を召喚してくださりありがとうございます。必ずやマスターの信頼に見合う活躍をお約束します」

「うん、今日もよろしく。それと今日は有栖さんと一緒に攻略していくから、何かあったらよろしく頼むよ」

「はい。よろしくお願いします、有栖さん。……もしかして先日お会いした方ですか?」

「はい、そうです。この間はありがとうございました」


:は?

:なんであの美少女がいきなり?

:どこから出てきたんだ?

:隠れてたとか?

:さっきの召喚陣。もしかして召喚した?

:いやあり得ないでしょ。こんな可愛い召喚獣なんて


 コメント欄の動きが明らかに鈍くなる。無理もない。僕も初めてエリを召喚したときは同じような反応をしたものだ。終始、自分の召喚獣だと信じられずエリをギャン泣きさせてしまったのは苦い記憶だ。


(あの時の甘えん坊のエリはもういないんだな~)


 泣き止むまで抱っこして慰めた記憶を思い出して懐かしくなってしまったが、今は配信中。

 意識を切り替えて説明を続ける。


「今見てもらったとおり、僕は召喚士なのでダンジョンを一緒に攻略する相棒たちを召喚できます。エリ、ちょっとここで自己紹介してくれる?」

「? マスターの命ならば。えと、みなさん? 初めましてマスターの召喚獣を務めるエリと申します。ジョブは【守護騎士】。普段はタンクの役割を拝命していますが、今はマスターの護衛という名誉ある立場に就かせてもらっています。マスターの威光に恥じぬ活躍ができるように日々鍛錬を重ねています。どうぞよろしくお願いいたします」


 相変わらず忠誠心が高すぎる、ちょっと堅苦しい自己紹介だったけどこれで視聴者の皆もこれでエリが召喚獣だと分かってくれるはずだ。

 そう思い、コメント欄が見てみると――


:……

:……

:……


 ――完全に沈黙していた。


「あれ、なんで固まってるんだ。有栖さん、もしかして機材に不調でも起きてるんじゃ」

「今日の配信に備えてちゃんと点検してきたので、それはないと思いますけど……」

「なら、なんでだろう?」


 この時、二人は気づけなかった。

 配信初心者の縁木祈はもちろん。熟練配信者の涼風有栖は経験がなかったから。

 それが嵐の前の静かさだと。

 そして――


:はああああああああああああああ

:ふざけんなああああああああああ

:美少女にマスター呼びされるのが許されるだとおおおおお

:羨ましいいいいいいいいいいいい

:そこ変われええええええええええ

:なんで召喚獣がそんな可愛いんだ! 控え目に言って美少女だろ!

:つぶらな瞳に小動物を思わせるお顔。優勝ですね、許せねええええ

:なんで俺は召喚士じゃないんだあああああああああああ

:召喚士になりてえよおおおおおお

:今からジョブチェンジってできませんか!?

:ジョブは変更できねえよ! ちくしょおおおおおおおお

:俺は諦めねえ! 諦めたらそこで終了だろうがあ!!!

:召喚獣って普通カッコいいとか美しいとかだろ!?

:なんであんな可愛い女の子なんだよおおおおおおおおお

:血涙でるほど羨ましい! 拡散してやる!

:もう切り抜きでてるよ!

:「美少女 使役」がトレンドwwwwww

:「ソシャゲ召喚士」もなwwwwww

:トレンドから来たけど、コメント欄がお祭り騒ぎで草

:ダンジョンってロリのマスター呼びが合法ってホント!?

:配信見てる場合じゃねえ! 冒険者に俺はなる!

:召喚士になって美少女を呼ぶぞおおおおおおおおおおおお

:皆の者出会え、出会えええええええええ!!!!!!!!

:ご主人様って呼んでもらうんだああああああああああああ

:拙者は主殿で!!!!!!!!!

:変態はハウス!!!!!!!!!

:うおおおおおおおおおおおおおお


 爆速で流れるコメント欄に三人は三者三葉の反応を見せる。


「うわっ、え、なに。有栖さんこれどうなってるの!?」

「あはは、話を聞いたときからこうなるとは思ってましたけど予想以上ですね……」

「ところでマスター、このフヨフヨしているものはなんですか?」


 困惑と諦観と疑問が三人の間に漂っていた。

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