悪役令嬢アンチテーゼ

五三五恋

第1話

 小説家になりたかった。文才だけは負けてないつもりだった。上位陣の多数ポイントを取得する作家達には絶対に中身も内容も自分が勝っている自信はあった。


 主に異世界物をメインとして書いていたが時代の流れには逆らえず、書いても書いても投稿しても投稿してもポイントがつかなくなっていき、泣きながら作品我が子をエタらせ闇に葬る事が増えていった。


 そんな作者に固定ファン等がつく筈も無く、どんなに自信のある内容でも「ああ、またか…」と呆れられ敬遠され閲覧される数も減っていった。


 負のスパイラルとはこういう事を言うんだろうなと思った。投稿する度に文章力は上がっていくのに一つも読まれない。「何処か自分の作品はおかしかったろうか?」と不安に駆られ、己が書いた全ての文章がチープなものに感じられるようになった。


 いつしか文章を読むのが嫌いになった。文章を書くのが嫌いになった。ならば己も同じジャンルの物を書けば良いと分かっていながら書けない自分が悔しくて堪らなかった。


 分かってる。世で売れてる作品は自分が思うより素晴らしい事も分かっている。乙女ゲーム、公爵令嬢、伯爵令嬢、…そして悪役令嬢。それらの題材を生かして描かれる物語は偏った自分の目線以外から素晴らしく面白く感じられる事も…


「ははは……まあ、こんなものか…ああ、知ってたさ。今日の話もポイントが入らない事くらい、別に最初から分かっていたさ!!」


 ガッシャーン!!!


 全てのデータが入ったノートパソコンを持ち上げありったけの力で床に叩きつける。最後の話を投稿して一時間しか経ってないというのに、それでも上を見て止まない俺には1PVもつかない現状が腹立たしくて憎くて悔しくて情けなくて我慢出来なかった。


 作家とは孤独な職業である。作家とはそれだけでは食べていけない職業である。様々な著名人達がその道に進んでもなお働きながら執筆を進めている。泣きながら、踠きながら、苦しみながら、ただ一瞬の煌めきの為だけに己の人生の全てをかける。己の人生経験全てをさらけ出す。


「…もう、なんも、なーんにも残ってねえよ糞ったれ…」


 明日でちょうど40歳、最初に書いた作品がたまたま多くの人に読まれ、こんな自分でも文章でなら誰かに何かを伝えられるんだと震えて泣いた夜は10年前、仕事をしながら執筆活動を進め、何度も何度も心が折れて、されど筆だけは折ることは無かった。


 屍のように座椅子にもたれ掛かった俺は、右手にありったけの睡眠薬をザラザラと乗せる。


 不思議と手は震えていなかった。投稿ボタンを押す時いつも震えていた手は微動だにしなかった。


 眠れぬ夜は今日で終わりだ。気になって気になって仕方なくてスマホでアクセス数を延々と一晩中チェックしていた日々は今日で終わりだ。


「…すげえよ畜生、完敗だよ完敗。彼女らを描けなかった俺の敗けだ…」


 今日もランキング上位にはそれらを題材にした作品が、俺の作品では何ヵ月かかっても手が届かないポイントをたった一日で叩き出して輝いている。


 ゆえに思う。『もし俺が生まれ変わる事が出来たなら、もし俺が理想とする肉体を手に入れる事が出来たならば、文章では負けたが彼女らの描く悪役令嬢よりも素晴らしい悪役令嬢を体現しきって魅せよう』と。


「ま、有り得ねえだろうけどな?…せーのっ!ムグッッ…!」


 ゴクゴク…ッゴクン……。


 ……なんて、いかにも作家らしい馬鹿みたいな事を夢見て俺はその日自らの手で産み出した作品達を壊し、自らの手でチープな作品ばかりを産み出していた馬鹿で脆弱で愚かな作家を夢見るに相応しく無かった自分を殺したのだった。


 †††††


 皺の無い紺のセーラー服に初めて袖を通す。膝丈は弄らずされど優雅に鏡の前に佇む俺は、長い漆黒の艶のある髪を真っ直ぐに腰まで伸ばし怪しく笑っている。


「ようやく来たわね、この日が…」


 幼い頃から常に眉間に皺を作り続けた目付きは今日この日を待っていたかのように、「早く私を解き放て」とキツく鋭く鏡の中から俺を睨んでくる。


 願いが叶ったのかどうか分からないが、俺は自身の理想とする肉体を得て再びこの世界に産まれ直した。


 中学一年生、悪役令嬢の本領を発揮するにはやはり制服に袖を通してからだろうと、生まれ変わってからこれまでひたすら大人しく静かに己の中の妄想を膨らませながら暮らしてきた。


姫愛ひなー!学校遅れるわよー?なに?もしかしてまた鏡でも見てるのー?」

「ぐっ…い、今参りますお母様……それと何度も言ってるのですがわたくしの事はとお呼びください。」

「馬鹿な事言って無いで降りてらっしゃーい!」


 ……理想とする女性として産まれ変わってから13年、これまで作り込んできた言葉遣いはすっかり板についていて、かたきとなるヒロインも目当てとなる筈の王子様もいないこの世界で、俺は真白ましろ姫愛ひなという凡そ悪役令嬢らしくない名前であの時超えられなかった存在を目指して生きていく。


「ば、馬鹿な事って…あ、あんまりですわお母様…」


 泣きそうになる目頭を片手でギュッと押さえ、前のめりになりそうになる背筋をシャンと伸ばし、震える足で階段を降りていった。

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