冒涜の霊廟 epilogue
半年前まで獣人の集落が存在していた、かつては平原だった草木の一本も存在していない荒野にてリオは一人焚火を囲う皆から離れて座って星空を見上げている。
その手には仲間であり友人であり家族だった者たちを燃やした残りである灰が入ったペンダントが握り締められている。
そこへ一つの影が近づいていく。
「何を見ている?」
そんな問い掛けと共にリオの隣に座ったのは両脚と脇腹と胸部が包帯によってグルグル巻きにされた状態のフェルノ。リオの故郷を滅ぼし家族たちを殺してアンデッドですらない怪物に作り変えた仇であるグギを殺した男だ。
「……フェルノ、傷は大丈夫なの?」
「大丈夫というか最初から言っている通り問題ない。このくらいなら幾らでも負って来たし、この程度で喚いて動けなくなるなんてことはない」
「そっか……強いね」
「強くなければならなかったからな。それで、何を見ていたんだ?」
「星を見てた」
「星?」
「ん」
傷を労わるリオに大丈夫だと、無理をしている様子もない普段と同じ感じで話すフェルノが再度何を見ているのかと問い掛ければ、リオはフェルノの肩に凭れ掛かるようにしながら空を指差して答える。
「母さんと父さんと幼い頃は夜になるとここでこうして見てた」
「…ほう」
「あの星が一番綺麗、あの星が一番大きい、あそこには何か住んでいるのかな、色んなことを話して盛り上がって、いつも私が一番に寝てた」
「…そうか」
「ん。こうしてここに戻って来れて、元通りってわけじゃないけど家族と一緒に見ることが出来るなんて思ってなかった。フェルノのことを疑ってたわけじゃないけど、でもこうして見るだけの余裕があるなんて思わなかった」
「……そうか」
「ん、ダメだった?」
「何故そう思う?」
昔の思い出。それを頭の中に思い描きながら話していくリオをあまり似合わない優しさに満ちた表情をしたフェルノ。
そこへダメだったかと問い掛けられたフェルノは心底不思議そうにしながら何故そう思ったのかを訊ねる。
「……フェルノは自分にも他人にも厳しいから。世界の残酷さ、命の儚さ、死の軽さの全部を知っていて、それと対面してきただろうから。こうやってもう過ぎていったた記憶、思い出に縋ろうとするのは好きじゃないかなって」
「確かに見てはきたし知っているが…」
「それに、今のファナを形成したのはフェルノでしょ?」
「……なに?」
リオの話す内容を肯定し、続く言葉をフェルノが投げかけようとしたところでリオがそのように考えた理由を口にする。
リオの頭の中で思い描いているのは、自身の家族の姿を血肉の異形と重ね合わせた時に発破を掛けるように声を出しているファナの姿。優しくてどことなく気の抜けている親しみやすさがある普段の様子とは全く違う戦場での姿を。
「ファナの普段の感じからしてあんな感じに黙々と戦いに身を投じるなんてことはしないはず。敵に対して情けを掛けるか、もしくはもっと怒りを露わにして声を荒げながら戦うはず」
「あぁ、まぁ確かにそういう性格だな」
「ん、でも今日見たファナは冷静だったし無情だった。守ることはしても手を差し伸べる事はしなかったし、戦えないなら指を咥えて見ていろなんて態度だった」
「…ふむ」
「それで誰かの影響があると思って、一番影響を与えやすい位置にいて与えやすいだけの力と一種のカリスマを持っているのは誰かってなると……」
「まぁ、俺だな」
「ん」
「取り敢えず、それに関しては正解だ。あいつはまともに俺の声を聞いてくれたからこそ性格、というか考え方が変わった感じだな」
「ん、やっぱりそうだった」
「あぁ。それで最初の質問に対してだが」
リオの話す推測を聞き届け、合っていると回答しながら体を後ろに少しだけ倒して星空を見上げながらフェルノは最初の問いへの答えを話し始める。
「俺は、思い返す事に関しては悪いとは思わん。俺だって酒を飲めば昔を思い出して話をするし、昔を知る相手に出会えば思い返して感傷に浸る」
「……意外」
「くはっ、まぁそんな感じに見えないのは自覚している。だから戦いが終わってこうして静かな時間に過去を思い返してその記憶に浸ることを否定するつもりは無いし、過去の思い出に縋ってそれを取り戻そうと生きるのも否定しない」
「……そっか」
「だが、死者との過去を生きるための寄る辺として縋り付くのであれば俺はそれを否定する。それを行うためにに助けを求められたとしたら俺はその助けを見捨てる」
フェルノは声色を変える。優し気な雰囲気を感じさせる声色から、重く圧を感じさせるような声色へと。
その変化をはっきりと感じ取りながらもリオは先を聞くために聞き返す。
「どうして?」
「生者として破綻しているからだ。確かにこの世界で死は軽い、昨日元気な姿を見せていた友人が明日の朝には死体になっているなんてことは少なくない。だからこそ死を死者を当たり前の物として日常に存在させるのは、今を生きて未来を生きる生者としてはどうしようもなく破綻していると考えている」
「……」
「死者は決して救いにならん。死者はどうなろうとも死者で生者と交わる必要はないし交わってはいけない。だからこそ死者との思い出を生きるための寄る辺にすることを俺は否定するし、死者との寄る辺に縋るために助けてくれと手を伸ばされても俺はその手を絶対に取ることはない」
「生者は生者らしく生きるべきだ。そこに復讐だの、憐憫だの、恋慕だの、死者に対して想いを持ってそれに報いたいと思って生きるのは自由だがな。それでも死者に縋り付く、死者を寄る辺にする、その生き方は生者の生き方じゃないと俺は思う」
フェルノの語る思い。
それを聞いたリオは考える。その考えと向き合うために、そして自身の手の中にある寄る辺になり得る死者との繋がりとどう向き合うのかを。
考え、悩み、思考を巡らせ、思い返し、考える。
これから先自分がどうするべきなのか。命を救い、唯一の仲間を救い、仇を討ってくれた恩人であるフェルノの仲間として生きていくために。
獣人の長たる黒獅子の獣人として、敵対者の命を屠る爪牙として、生涯を尽くして返し続けなければならない大恩に報いるためにどうするべきなのかを。
そして、答えを導き出してリオは立ち上がる。
「どうした?」
フェルノの問い掛けを聞きながらリオは正面の顔と顔が向かい合わすことが出来る場所へと移動してしゃがみ込む。
右膝を地面に突き左膝を立てて、右手を心臓に左手を地面に突くという姿勢。
獣人という種族が生涯一度だけ行う宣誓、終生従い続ける自身の王へと自身の全てを捧げるという究極的な誓いを行う時の姿勢でしゃがみ込む。
「宣誓」
「……そうか」
「黒獅子リオはフェルノ・デザイアに全てを捧げる」
「俺はそんな大事なものを捧げられるほどの器はないと思うが……それを否定する理由も無ければ無下にする資格はないな。どうすればいい?」
「さぁ?」
「は?」
「こうすればいいっていうのは知ってるけど、ここからどうするのかは知らない」
「……締まらねぇなぁ」
「ん、何処かに口付けでもする?」
「騎士みたいだから無し……いや、分かりやすい形の方が良いか」
「だったら、噛み跡でも付ける?」
「はぁ?」
引き締まった雰囲気、それも神話の一幕のような光景になりそうだった雰囲気が一瞬で霧散させながらリオは思いついた契約の証を付けさせようと首筋を差し出す。
それに対して何でそうなると訝しむ目を向けるフェルノに、リオは平然とした様子ではっきりと伝える。
「雰囲気的に女に噛み跡を付けて俺の物アピールしてても別に変じゃないし、それに個人的に考えて全てを捧げた相手に噛み跡を付けられるっていうのは嬉しい」
「……お前を仲間に引き込んだ責任も、宣誓を止めずに受け入れた責任もある。だから今この場で望み通りに噛み跡を付けてはやる、だが跡が薄くなってきたからもう一回とかはしないからな。なんならポーションを叩きつけるぞ」
「ん、分かった。はい、噛み千切ってもいいよ」
「流石にそんなことはしない。痛かったら叩くか押し退けろ」
「ん、大丈夫」
目を手で覆い空を見上げ大きく息を吐いて、それから諦めるようにリオの言い分を聞いて差し出された首筋に近づいていくフェルノ。それを普段よりも少しワクワクとした雰囲気を隠すことなく押し出しながら迎え入れるリオ。
そして、リオの体を抱き寄せながら首筋にフェルノが歯を当てる。
「……」
「んっ」
一秒、十秒、一分。
短いようで長い時間、沈黙と艶めかしい声が漏れ出して空気へと広がっていくその時間が緩やかに終わる。フェルノが突き立てた歯をゆっくりと離し流れ出た血を服の袖で拭い取ってから離れ、リオはゆっくりとその跡に手を当てて満足そうに微笑む。
「もうやらん」
「ん、でも良かった」
「……何がだ?」
「フェルノに受け入れて貰えたこと。離れた場所にいる感じがしてたから受け入れてくれないかもって思いながら要求したから」
「覚悟を否定する気にはなれん。それより戻るぞ、そろそろ交代の時間だ」
「……ん、ちょっと待って」
立ち上がりほんのりと頬を赤く染めているフェルノが立ち上がり皆の下に戻り始め、その後ろを付いて数歩戻ったところでリオがフェルノを引き留める。
振り返るフェルノに見ていてと伝えて、リオは灰の詰まったペンダントを上に放り投げて落ちて来たそれをナイフで斬り裂いて地面の上にばら撒く。
「……いいのか?」
「いい。此処でお別れだから、さよならはしっかりしないと」
「……そうか。なら戻るぞ、見えないようにしておけ」
「やだ」
「俺が弄られる。しろ、命令だ」
「……」
「不満そうな顔をするな」
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