1.異変。
『この物語はフィクションです。実在の人物や団体、事件とは一切関係がありません。その点をご留意いただいた上で、貴方のお名前をお聞かせください』
世界が暗転した直後に、俺の脳裏に響いたのは機械的な声。
いったい何だというのだろうか。たしか【NM:O】はフルダイブ型だという話だったが、特別な機材も何もなしに可能なはずがない。俺は極めてライトなユーザーであるため、そこまで高価なものに手出しはしていなかった。
いや、あるいは――。
「もしかして、それだけ特別なゲームなのか……?」
データに少しでも干渉した時点で、誰でもプレイ可能とか。
だとしたら、どれだけ先進的なゲームなのだろうか。
『認証エラーが発生しました。再度、貴方の名前をお聞かせください』
「……近衛、真人」
俺はそう思い、恐る恐るながらも自身の名前を口にした。
すると機械的な声はしばしの沈黙の後、確認するように訊き返す。
『コノエ・マサト、間違いありませんか?』
「ま、間違いない」
『了承しました』
それに返答すると、声は最後に言うのだった。
『承認、完了しました。プレイヤー名、コノエ・マサト――【ネガティヴ・マインド:オンライン】の世界へようこそ。心より歓迎いたします。これより貴方は、この素晴らしき世界の一部として存在することになります』
相も変わらず、抑揚のない声で。
『貴方の物語に、神の祝福があらんことを』――と。
◆
「ん、う……?」
瞼が陽の光にくすぐられ、俺の意識は戻ってきた。
ゆっくり目を開くと見慣れた天井があって、そこが自分の部屋であると分かる。意識を失う前はパソコンに向かっていたはずだけど、いつの間にベッドに移動していたのだろうか。ゆっくり身を起こして周囲を確認するが、やっぱりいつもの自室だ。
「さっきのは、夢だったのか?」
真っ暗な空間で、自分の名前を答えた気がする。
でも、まるでそんな出来事自体がなかったかのように、いつもと変わりのない平凡な朝がそこにあった。だとしたら俺はきっと、同級生の口車に乗せられて妙な夢を見た、ということか。
「なんだよ。……まぁ、とりあえずリビングに行くか」
スマホを確認すると、どうやらいつもより数十分早く起きたらしい。
しかし二度寝する気分でもなかったので、俺は自分の部屋を出て廊下に足を踏み出して――。
「あ、れ……? 妙に静か、だな」
言いようのない違和感に気付く。
この時間だったら母さんが朝食を作っているなり、父さんがテレビを観ながら宛てのない小言を大声で口にしているはず。俺の家はそこまで広いわけでない。廊下に出れば生活音はある程度、どうしたって聞こえてくるはずだった。
「母さん、父さん……?」
それが、まるで水を打ったような静寂。
時計の秒針の音さえ、騒音と思える程に耳に届いた。なんだろうか、この妙な違和感は。両親が出かけている可能性も考えたが、そんな話はちっとも聞いていないはず。それに、呼びかけに応答がないのも妙だった。
「お、おい……なんの冗談だよ……!」
そんなことを考えるたび、俺の中には焦燥感が生まれていく。
そして、駆け足にリビングへ向かって――。
「どこ、行ったんだよ!」
両親の姿を探すが、どこにもない。
狭い家の中を駆け回っても、その痕跡すら見つからない。いよいよ俺は耐えきれず、息を切らしながら玄関から外へと飛び出した。
「…………な!?」
そこには、いつもなら大きな道路があって。
通勤時間帯である現在なら、賑やかな光景があるはずだった。
それなのに――。
「なんだよ、これ……」
あまりに、閑散とした景色。
街並みすべてがひび割れて、致命的なほど人の気配がなかった。伽藍とした空間だけが転がっているような風景に、俺の心臓は否が応でも強く脈打つ。
呼吸が乱れて、現実を受け入れられずに口角が上がった。
膝が笑うのを必死に堪えて、思うのだ。
こんなの、何かの冗談であってくれ――と。
――
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