序章2「戦後のあの子」
自分が生まれた理由をアタシは知らない。
それだけなら只の中二病で済ませてもよかったんだが、アタシの場合はそれだけじゃない。
自分を生んだ親も見た事無い、自分の歳もわからない、そもそも親の居ないフラスコ(人造キメラ)生まれなのかすらわからない。
アタシの人生は唐突に始まったとしか思えない。
なぜならアタシが物心付いた瞬間には、既にアタシの身体は成人と遜色無い程度には成長し終わっていて、だというのに過去の記憶が全くなかった。
アタシはそれが記憶を無くしたからなのかどうかすら知らないし、実はそんなに興味も無い。
そして気付けばこの街『新月街』にアタシは居た。
・・・
新月街の下層をうろついてる様な輩に選択肢は多く用意されていない。
運が良くてうまく立ち回れる奴なら、どっかのマフィアの鉄砲玉になるか麻薬(ヤク)の売人になれる。
見た目がマシな奴は身体を売れば多少マトモな飯を食って生きていけるが、そうでない奴等は場当たり的な強盗やスリで、運が良ければその日の飯を食えるだけのカネは手に入れれるかも。
運が悪かったら逆に自分が身ぐるみ剝がされて、街の中央に開いているデカい穴に捨てられて、それで人生が終わる。
戦後七大都市と名高い新月街は戦後ヒマラヤ山脈の麓に出来た超巨大な地割れを跨ぐように出来た街だ。
地表に近い上層部分に世界一の歓楽街を持つ反面、地底深い下層には世界一巨大で迷路の様に入り組んだスラム街を抱えている。
新月街の持つ極端な二面性は、さしずめ月の表と裏といったところだろうか。
そしてどうやらここにも、運が無い奴がいるようだ。
「オラァ!!」
黒い制服の様な服を着崩した大柄な女が地べたにうずくまる身なりの汚い小柄な女の身体をサッカーボールの様に蹴り上げると、小柄な女は身体をくの字にしながら吹き飛んでコンクリートの壁に激突した。
すると今度は大柄な女と似た服を着た別の小柄な少女が倒れている女に近寄って、ノリノリで顎を蹴り上げた。
「手を出す相手を間違えたなガキィ!!!」
まだ夕方のヒトの多い往来でのリンチを止めようとするヒトは誰も居ない……それもその筈、こういった事は新月街では日常茶飯事なのだ。
『どうせスリかなんかがしくじって捕まったんだろう』程度の認識しかしていないし、今回のコレもまさにその通りだった。
新月街はマフィアが治めている街なので、警察はそもそも存在すらしない。
通行人達が横目でリンチをチラ見しては足も止めずに通り過ぎていく中、二人だけリンチを眺めているヒトがいる。
一人は長身で痩せ型の鷲鼻が特徴手的な男だ。
目元を隠す金属製の骸骨の様なマスクで顔を隠している。
もう一人は先程の二人の様な黒い制服を来た女で、大柄な女と小柄な女の丁度中間くらいの背格好をしている。
二人共、道端の屋台の簡素なテーブルに並んで座って、ラーメンをすすっている。
適当にボコボコにしたあたりで大柄な女が中くらいの女に声を掛けた。
「おぉい、エナァ~そろそろ変わってくんね~かぁ~?あたし喉かわいた~!」
「しょうがないですね……」
中くらいの女が箸を置いて立ち上がると、倒れているスリへ近づいていく。
バトンタッチとばかりに大柄な女は椅子に腰掛けると、いの一番でビールを注文していた。
「どうしますドク?」
ドクと呼ばれた鷲鼻の男がラーメンをすすりながら答えた。
「正直もうコイツにキョーミはねえんだが……まあ、スリなんざ生かしておいても何もイイコトねえだろ。テキトーに始末しとけ」
大柄な女と一緒になってリンチしていた小柄な少女が、ホントに助けるつもりなんかこれっぽっちも無いくせに、希望をチラつかせる様に茶々を入れる。
「ごめんなさいすみませんでした、どうか命だけはお助け下さいって命乞いすればよォー!あたしが口利きしてやっても良いぜぇ~?」
「やめなさいドール、既に殺せと指示は出たのです。もう覆りませんよ」
「ギャアッハッハッハ!だってよ!残念だったなクズ虫!!!」
中くらいの女は虚空からショートソード位の小ぶりな剣を取り出すと、倒れているスリの喉元へ突き付けた。
「……これ以上苦しみたくなかったら、そのまま大人しくしていて下さいね?」
剣がスリの心臓を一突きにしようとした瞬間、それまでされるがままだったスリが突然動き出し、寝そべったままの体勢から何かを自分の頭上へと放り投げた。
瞬間巻き起こる大音量と激しい閃光……なんとスリは閃光弾(フラッシュバン)を隠し持っていたのだ。
しかし中くらいの女はそれ以上の手練れだった。
閃光弾が炸裂する寸前でそれを見切り、逃げ出そうとするスリに追撃する。
スリの身体能力は三人組の女達に大きく劣っており、だからこそ捕まってリンチされていたのだが、ここが新月街ならば、逃げれる道が一つだけある!
新月街は大きな地割れを跨ぐように出来た街だ。
スリは自ら地割れに飛び込んで身を投げた。
「お???」
それと同時に鷲鼻の男の腕が一人でに持ち上がり、パチンという乾いた音と共に男の腕輪が外れると繋がっていたピアノ線の様なものに引っ張られて、スリを追いかける様に穴に落ちて行った。
腕輪を奪われた男は、何故か少し楽しそうだった。
「おぉ……やるなぁアイツ。最初の一回で失敗したあの一瞬で腕輪に結んでやがったのか、たかだかスリ程度に大した執念だ」
中くらいの女がすかさず男に頭を下げた。
「……すみません、私のミスです」
「あぁ、気にすんな。吾輩にとってみればあの程度のモノ、大して価値のあるものでもない」
・・・
地割れに飛び込んで逃げおおせたスリはゴミ捨て場に埋もれた状態で目を覚ました。
地割れに飛び込んだ屋台のある場所が中層で、賑やかだった中層とは対照的に妙に静まり返っているここは恐らく下層の何処かだろう。
スリは周囲に誰も居ないのを最初に確認した後、ゴミの中に身を隠しながら自身の身体の状態を確認した。
利き手ではない左腕一本と、アバラ数本、確認はしてないが背中にも刃物で付けられたらしい大き目の切り傷があるが、幸いこの程度で済んだ。
スリはゴミの中で体を丸めながら鷲鼻の男から奪った腕輪を見る。
どうやら亜空間に物体を収納出来る『キャスター』という道具っぽいが……見た事の無い型だ。
何にせよ、何か金目の物でも入っているなら万々歳だ。
「ぐっ……!!」
逃げ延びて安心したからか、急に傷の痛みが増した様な気がした。
なんとか今日も死なずには済んだが、怪我をしてしまった。
だが明日は?明後日は?こんな生活を続けていれば、いずれ野垂れ死んでしまう想像に難くない。
それはスリ本人が一番よく知っていた。
生きれる可能性は薄く、そもそも生きる理由すら知らない、どうしようもないちっぽけなスリの女はだからこそ抗う様に呟いた。
「アタシが誰かなんてどうでもいい、だからってこんなままで死んでたまるかよ」
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