第7話「悪役令嬢」

「マリアローゼ……?」


 そこに居たのはジョヴァンニの婚約者、悪役令嬢マリアローゼだー!!


 初めて見た……すごい。外見だって私と同じ制服を着ているはずなのに、金髪巻き毛も派手派手しくて、きつめの美貌も何か鬼気迫るような気分にさせるど迫力。


 取り巻きの貴族令嬢たちを、数人引き連れて……これが、有名なあの悪役令嬢の取り巻きたち……。


 創作物で良く読んで居たものを、直接目にすることが出来たと意味のわからない感動を抱いてしまった。


「そちらの平民……アシュトンさんでしたっけ。王族であられるジョヴァンニ殿下に馴れ馴れし過ぎではなくって?」


 私は慌てて立ち上がって、その通り過ぎる事を口にしている悪役令嬢マリアローゼに詫びることにした。それは確かにその通りで、私が言い訳出来ないくらい悪いです。


 先手を打って、大人しく謝罪しよう。


「申し訳ありません……ジョヴァンニ殿下のお言葉に、甘え過ぎてしまいました」


「マリアローゼ。彼女は、そういう人ではないんだ……ただ、彼女の相談に乗っていただけだ」


 ジョヴァンニも立ち上がり、私の隣に立った。


 これは、本当なのだ。ジョヴァンニは私の恋愛相談に乗ってくれているだけだ。


 しかし、こんな公衆の面前で何を相談しているかを明かす訳にもいかず、マリアローゼには納得し難い理由になってしまっていることに気がつき、私はこくりと喉を鳴らした。


 え……これって、『ここたた』の中で、覚えのあるシーンなんだけど!?


 あの時は、ヒロインリンゼイはジョヴァンニ個別ルートにあって、二人は親密度を増し、婚約者であるマリアローゼが、こんな風に怒っても仕方ない状況にあった。


 関係が疑われて文句を言われてしまっても、それは仕方ないだろうと諦められるような状況だけど……今回は、本当に本当にっ……単に恋愛相談をしているだけなのだ。


 私はレオナルドが好きになっているので、ジョヴァンニには、くもりなく何の気持ちもない。


「そちらの貴女はわからない事かもしれないので、私が特別に教えて差し上げますけど……婚約者の居る男性には、本来ならそちらが先んじて遠慮して近づかないことが常識なのです! いくら殿下がお優しいからと、そちらが遠慮するのが当然のことですのよ!」


「マリアローゼ。やめてくれないか。本当に彼女には、そういった気持ちはないんだ。迷惑になる」


 ジョヴァンニは困ったように、周囲を見回していた。


 食堂に居る学生たちは興味津々でこちらを見ているし、私たち三人は完全に注目の的になっていたからだ。


「いいえ。私には調べがついております……なんでも、そちらのアシュトンさんは、入学式直後から、二年生の教室のある廊下を理由なくうろうろしたり!」


 そっ……その通りですぅ!


「殿下に挨拶しようとしては、失敗していたり!」


 レオナルドの指導の元ですが、良くご存知で!


「挙げ句の果てに、昼食を共にするようになり……そういう気持ちがお互いにないですって!? そんな言い訳、通用するはずもございません!」


 キッパリと言い切ったマリアローゼに対し、私自身も『これはそういう風に誤解されても、仕方ないかもしれない』と、何度か頷き納得してしまった。


 私の動き的に『ここたた』のヒロイン、リンゼイと同じようにしているし、それならば悪役令嬢として登場するマリアローゼに、こうして糾弾されてしまっても仕方ないと思ってしまう。


 しかし、私が好きなのはジョヴァンニではなく、レオナルドなのだ。彼女は完全に誤解している。


 それをレオナルド本人にも伝えていないと言うのに、こんな公衆の面前で伝える訳にもいかない。


 どう言って良いものかわからず、私は隣のジョヴァンニを見上げた。


 彼もすっかり困り顔で、マリアローゼをどう説得したものかと考えているようだ。


「……おい。マリアローゼ。一体、何処で騒いでいると思っている」


 そこに聞こえた低い声に、私は思わず名前を呼びそうになって口を押さえた。


「レオナルド。これは貴方には、何の関係もないことですわ。黙ってくださらない?」


 颯爽と現れたレオナルドの登場に、マリアローゼは露骨に嫌そうな表情になっていた。


 ……あ。レオナルドはマリアローゼを嫌いだと言っていたけれど、もしかしたら、マリアローゼだって、そうなのかもしれない。


 乙女ゲーム内で最強の敵とも言える、悪役令嬢と対等に張り合えてしまう、レオナルド……格好良い。ううん。そんなのなくても、いつも格好良いんだけど。


「婚約者に何か言いたいことがあるならば、私以外の女性と二人きりで近づかないでと伝えれば良いだけだろう。このような人が集まる場所で、彼ら二人をわかりやすく攻撃するなど、彼女を悪者にする以外にどういった目的が考えられるんだ」


「なんですって……私の行動に、意見すると?」


「ああ。ジョヴァンニの婚約者であろうが、マリアローゼは現段階では公爵令嬢。俺も同じ身分で、公爵家の者だ。愚行を止めろと意見をしたからと、何か問題でも?」


 二人はじっと睨み合い、マリアローゼはふんっと鼻息荒く何も言わずに去って行った。


 レオナルドは他の誰かのように、言い負かすことは出来ないと思ったのかもしれない。


 取り巻きを引き連れて去っていくマリアローゼの背中を見て、私は安堵の息を吐いた。


 まだ、ジョヴァンニと本当に恋仲ならば、彼女から言われても仕方ないと思う。けれど、本当に本当に誤解なので早く解いてしまいたい。


 そうすれば、婚約者を取ろうとしていた事実はなく、嫉妬深い彼女にだって安心してもらえることだろう。


「……悪い。レオ。来てくれて助かった。僕が何か言うとマリアローゼを、より逆上させてしまっただろうから」


「別に構わない。俺は急ぐから、もう行く」


 素っ気なく短く言って、レオナルドは私たちの前から、あっさりと立ち去ってしまった。


 背の高い背中は、振り向きもせずに去っていく。


 興味津々の視線を向けていた周囲の人たちも、事態は落ち着いたのかと見てざわざわとした騒めきが戻って来た。


 ……え。久しぶりに少しだけでも、話せるかと思っていたのに……。


「……悪かったね。マリアローゼは、僕の婚約者だ。何か良くない誤解があるようなので、後で彼女にちゃんと説明しておくから」


 ジョヴァンニはそう言って、再度席に座るようにと促した。


「えっ……ええ。私もジョヴァンニ先輩に、頼り過ぎていました。申し訳ございません」


 私は座っていた椅子に腰掛けつつ、さっき見たレオナルドの態度に衝撃を受けていた。


 ……どうしてだろう。別に挨拶くらい、してくれても良いのに……。


「……さっきのレオ。嫉妬していたようだったね」


 ジョヴァンニに小声で耳打ちされて、私は驚いた。


「え!? レオナルド先輩がですか?」


 何が? どの辺が? 何の未練も感じさせる事なく、サッと立ち去っていったけれど?


「僕たち二人が隣同士に居て、苛立ってしまったんだろう。しかし、リンゼイ……君って、鈍感の度を越しているようだね。あれは、僕以外だってそう見えると思うよ。もし、何もなかったとすれば、挨拶をして少し話でもして行くだろう」


「そうなんです。けど……挨拶もしてもらえなくて……ショックでした」


 すごく、ショックだ……レオナルドにせっかく会えて、話せるチャンスだったと言うのに。


 まるで一言も話したことがない人のように、あっさりと行ってしまった。


「いや、だから、それは……うーん。これでわかってもらえないと、どう説明して良いのか、僕にもわからないね。早く告白して君が考えていることをレオ本人に伝えた方が良さそうだ。贈り物の手紙は、既に用意出来ているね?」


「はい……」


 レオナルドへの想いを綴った手紙ならば、用意をしていた。あまり長くなってはいけないと、何度も何度も推敲したので、すぐに読んで貰えるはずだ。


「……レオは九歳から十二歳まで、祖父の辺境伯に預けられていてね。だから、貴族としては、少し変わっている。ああやって怒れば感情を剥き出しにしてしまったり、マリアローゼを嫌いであることを隠せないように、冷静に動かなければならないところが隠せなかったりするんだ」


「あ」


 それって……幼いレオナルドが、暗殺者に攫われてしまっていた時だ。


 公爵令息たるレオナルドが暗殺集団に居たという過去なんて公表出来ないだろうし、これは、そういうことにしようという表向きの話?


 確か……キャラ紹介にあった説明によると、レオナルドが幼い頃にとある貴族の家に滞在していた時に、運悪く暗殺現場を目撃してしまい、逃げ出す直前だった暗殺者に攫われてしまった。


 殺されるはずだったところを暗殺者集団の親方に良い目をしていると気に入られ、暗殺者の卵として彼らに訓練され三年間育てられるのだ。


 レオナルドは暗殺者集団を捕らえに騎士団の助けが来るまで、公爵家の者だということは話さず、攫われた邸の貴族に仕えていた下男だと身分を偽っていた。


 高貴な身分にあった公爵令息の面影が様変わりしてしまい、レオナルドに戦場帰りのような異様な落ち着きがあるのは、そのせいなのだ。


「そうだね。だから、怖がりで動けなかったリンゼイと、相性は絶対に良いはずなんだ。レオは自分の感情を抑えきれない時があるけど、君に合わせようと思えばきっと出来るはずだからね」


「……その、ジョヴァンニ先輩」


「何?」


「どうして、レオナルド先輩が私のことを好きだと、そうして断言が出来るんですか?」


 私はさっきレオナルドが不機嫌そうに去ってしまった時も、なんだか嫌われてしまったかもと思ったくらいで、もしかしたら好きだからやきもちをやいてどうこうなんて、思いもしなかった。


「さあね……なんでだろうね」


 重要な質問なのに四角い盆を持って立ち上がり、さらっと質問を躱したジョヴァンニは何もわかっていない私に説明しても仕方がないと思って居るのか、そう思った根拠を教えてくれることはなかった。


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